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年頭を飾る航海のための音楽:ベートーヴェンとメンデルスゾーン

I wish everyone a happy new year

皆さん、良いお年をお迎えくださいね。

今年はわたしにとって大きな変化のある特別な年。

飛躍の年となってほしいので、新年一番最初に聴いた音楽には縁起の良い航海の音楽を選びました。

ベートーヴェンとメンデルスゾーンの音楽。

ベートーヴェンがドイツの大文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが書いた二つの詩を繋いで、詩句に音楽をつけた作品は合唱付きのカンタータ(作品112:1815年の作曲)。

1815年の中期の作品なのに、作品番号が112なのは、出版が遅れたためです(作品111は最後のピアノソナタ)。

1822年の出版時に作品はゲーテに献呈されていますが、ゲーテはいつもながら作品について何も語ってはいません。

その数年後、1828年。

ベートーヴェンの選んだ二つの詩を繋いで曲を作る方法を踏襲して素晴らしい演奏会用序曲(小さな交響曲のような作品)を 書いたのは19歳のフェリックス・メンデルスゾーンでした。

この二曲が縁起の良い航海のための音楽!

ゲーテの詩二編

作曲に使われたゲーテの最初の詩は静かな海の情景の詩。

Tiefe Stille herrscht im Wasser,
Ohne Regung ruht das Meer,
Und bekümmert sieht der Schiffer
Glatte Flächen ringsumher.

Keine Luft von keiner Seite!
Todesstille fürchterlich.
In der ungeheuern Weite
Reget keine Welle sich.

深き静寂、水に宿り、
微動もなく海はたたずむ。
船乗りは憂いに沈みながら、
周囲の滑らかな水面を見つめる。

風は四方どこからも吹かず、
死の静寂が恐ろしく響く。
広大なるこの無辺の空間で、
波ひとつ動くことはない。

これに続くのが大海原の航海の詩。

大海に浮かぶ船が陸地へと辿り着くまでの情景。

大海を漂う船(船人)が遠い水平線の彼方に陸地を見つけるという感動的な情景。

Die Nebel zerreißen,
Der Himmel ist helle,
Und Äolus lösetDas ängstliche Band.
Es säuseln die Winde,

Es rührt sich der Schiffer.
Geschwinde! Geschwinde!
Es teilt sich die Welle,
Es naht sich die Ferne;
Schon seh ich das Land!

霧は裂けて、
空は輝きを取り戻す。
アイオロスは解き放つ、
不安の束縛を。

風がそよぎ、
船人が動き出す。
急げ!急げ!
波が割れて、
遠くが近づく。
もう見える、陸地が。

1795年に書かれた二つの詩はゲーテの生前には大変な人気の詩だったそうですが、

Meeresstille und glückliche Fahrt
(『穏やかな海と楽しい旅』または
『静かな海と楽しい航海』、
英語では ”Calm Sea and Prosperous Voyage”)

として繋がれたゲーテの美しい詩句は、ベートーヴェンとメンデルスゾーンという楽聖によって不滅の言葉とされました。

ベートーヴェンは作曲当時、
海を全く見た経験がなかったので
作曲には海の描写はありません
1822年にハンブルク経由で
北海を訪れたという情報を見つけましたが
わたしは文献を未確認です
いずれにせよ作曲当時ベートーヴェンは
海を知りませんでした

ベートーヴェンの作品112

二つの詩を組み合わせたために曲は二部構成。

前半が大きな音符の二分の二拍子による穏やかな海の描写の音楽。

この部分は生命力溢れる後半の音楽を導くための静かな序章のような役割を果たしています。

ゲーテの原詩を少し変えて船にしてみると
こんな感じ
音楽のイメージそのもの

後半は大海原を走る帆船を描写したとても元気なニ長調のアレグロの音楽。

八分の六拍子ですが、シチリアーノや舟唄の揺れる波の音楽のような描写はありません。

けれどもリズム感に富んでいて、合唱の早口がなんとも面白い。

聴いていると元気になれる音楽!

海を駆けてゆく船が新しい大地を発見した喜びの情景が目の前に浮かぶようです。

歌詞を見ながら聴いてみると、曲想の変化がよく理解できて愉しい曲です。

でもカンタータなので、こういうスタイルの音楽に慣れ親しんでいない人には(ドイツ語も分からなければ)難しい音楽かもしれませんね。

だからでしょうか。

同じ詩から「言葉のない歌=無言歌」という音楽を得意とする若いフェリックス・メンデルスゾーンは管弦楽序曲として作曲をしたのでした。

メンデルスゾーンの作品27

自身が率いていたゲヴァントハウス管弦楽団をして指揮して九つの交響曲を定期的に演奏。ピアニストとしても、第四番や第五番「皇帝」ピアノ協奏曲を何度も弾き振りするほどにベートーヴェンを深く尊敬していたメンデルスゾーン。

自筆譜冒頭
相変わらず美しくて読みやすい楽譜です
自筆譜を読むと作曲家の個性と性格が如実に理解できます
メンデルスゾーンの筆跡は肉太で
楷書のような読みやすい音符が綺麗に並びます
他人とコミュニケーションをとろうという意思が
希薄そうなベートーヴェンの筆跡はあまりに細くて
訂正だらけでも清書しない(全て写譜師まかせ)

序曲の作曲動機は自分を可愛がってくれていたゲーテ先生の詩を読んだことがきっかけのようですが、尊敬するベートーヴェンが二つの詩を合わせてカンタータを作曲していたことをすぐに見つけて、それならば自分は演奏会序曲にしようと思いたち、完成されたのがこの大傑作でした。

メンデルスゾーンはグランドツアーを二度にわたって英国やイタリアを訪れるなど、海に大変に親しんでいた作曲家でした。

メンデルスゾーンのもう一つの海の大傑作「フィンガルの洞窟」と共に、序曲は海の描写音楽として、最良の音楽です。

この動画はフランクフルト放送交響楽団がコロナ禍で人と人との間に距離を設けていないと集団活動を許されていなかったときに撮影された演奏。

石造りの教会堂の反響効果も相まって、とても充実した名演になっています。

人工的にエコー効果を足しているのではなくて、石の壁面から反響してくる音が、海へと旅立ってゆく大きな船がゆっくりと動きだしてゆき、やがては大海原を走り始める情景を見事に描き出しています。

ゲーテの詩よりもずっと劇的効果に富んでいるといえるかも。

メンデルスゾーンの音楽を聴く醍醐味を最高に味わえる、名演奏に名録音。

フルートが曲中の随所で大活躍
いまは懐かしいSocial Distance
演奏者がみな遠いけれども、これがこの録画の音の独特の効果を生んでいます
演奏者と指揮者の距離があまりにも遠い
指揮者もいつもと楽団員の位置が異なるので指揮しづらかったことでしょう
石の教会堂
天上が高くて良い反響が得られる演奏会場

メンデルスゾーンってホントに天性のメロディメーカーですね。

ショパンは半音階的なメロディで人気ですが、ロマン主義者メンデルスゾーンは基本的にドレミファソラシドだけを古典派モーツァルト並みに絶妙に効果的に並べて素晴らしいメロディを書き上げています。

古典主義とロマン主義の見事な融合。これがメンデルスゾーンらしさです。

嵐らしい揺れる波の描写も情景音楽として見事なものです。

ピッコロや打楽器も大活躍のコーダ部分
聞いていて元気になれるのはベートーヴェンと同じ
心が広々とする素晴らしいファンファーレ!
何て長細い楽団員の配置!
コロナは2020年から2021年にかけて猖獗を極めました
もう4年以上も前のこと
ロックダウン(極度の外出制限)のなかった日本におられた方は
わたしのような感慨は持たれないかもしれませんが

言葉がなくても音を通じて、波に揺られる帆船の姿を目の当たりにすることが出来るのです。

メンデルスゾーンはまさに音の風景画家ですね。

作品は1828年に初演されましたが、その後改訂を経て、1835年に正式に出版されて、メンデルスゾーンの最も美しい古典名曲として親しまれています。

19世紀最大のオペラ作曲家リヒャルト・ヴァーグナーは海を舞台としたオペラ「さまよえるオランダ人」をのちに作曲します。

1842年の作品。

ヴァーグナーはメンデルスゾーンの海の音楽に深く感銘を受けたことが知られています。文筆家の彼はそういう言葉を書いてしまったのでした。

メンデルスゾーンの作品はそれほどの傑作でした。

だからでしょうか。

メンデルスゾーンの死後、メンデルスゾーンの音楽を堕落したユダヤ音楽という論文を発表してリヒャルト・ヴァ―グナーは草間の陰のメンデルスゾーンを糾弾します。

ヴァ―グナーのメンデルスゾーン攻撃は自作をメンデルスゾーンの作品と関連付けられたくなかったヴァ―グナーの自己防衛のようなものだったのではわたしは思います。

盗作してないぞって(笑)。

おまけAI画像:大海原への航海!

不気味なゴシック風
霧が晴れると朝日が見える!
荒れる海
最後には陸が見える!

2025年、皆さんにとっても良い航海の年でありますように!

航海に出るための音楽、あなたにとって縁起のいい音楽でありますように!


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Logophile
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