どうして英語ってこんなに難しいの?: (10)ヨーダ構文から学ぶ英語的発想
「英語思考」などというキーワードをグーグルなどの捜索エンジンに打ち込むと、かなりの数の記事が返ってくるのですが、日本語記事には自分にはピンとこないものが多いのは残念です。
ですが、実のところ、英語思考を獲得したと言われる方は、その奥義をしばしば秘匿しがちです。
きっと英語思考するようになった人は英語で書くことが楽しくて、もう日本語で英語の話を書こうとも思わないのかもしれません。
英語で検索すると、英語で考えましょう、ということを異口同音にたくさんの方が語られます。
でも英語で考えるってどういうことなのかを説明してくれる方はほぼ皆無。
幾つかの英語学校の講師の方がいいこと書いているなあと思って読み進めると、大抵は「わたしとオンラインレッスンしましょう(有料)」というオチ(笑)。
というわけで、ネットで出会う全てを語らぬ英語の達人の方、またはネイティブスピーカーの英語の先生が語ろうとしないであろう(語りたくない)ことを自分流にまとめてみます。
オンライン英語講師の方々の商売の邪魔もしたくないので (わたしはオンラインレッスンなんてしませんが) 他の人が普通にはまず書きそうにないお話を書きましょう。
というわけで、映画スターウォーズのマスター・ヨーダから始めましょう。
こういうの、理解できますか?
英語圏で大人気のヨーダ構文とは
映画 Star Wars をご覧になられた英語のネイティブスピーカーは、ジェダイマスターのヨーダの英語に非常に違和感を覚えます。
ヨーダは普通、文法的に倒置文と呼ばれる文型で会話し、普通の喋り方はしないのです。
短い言葉を聞き覚えのない文法を駆使して喋るので、どこか謎めいた箴言的な深い言葉を発しているように聞こえます。
スターウォーズを英語で観る魅力はヨーダにあります(私の個人的な想いです笑)。
日本語字幕ではどう訳されているのか知らないのですが、 きっと時代劇のような古風な日本語なのでは。
でもヨーダの英語は、必ずしも英語の古代語風でもないのです。
英語を古風にすると、単語がやはり変わります。
あなた (You) を汝 (Thee) と呼んだりして、文法も格変化(Ye, Thee, Thine, Thou, Thy) を伴うようになりますが、ヨーダはそこまで古臭い英語は喋らない。
少しヨーダ構文英語の例を挙げてみましょうか。ヨーダの言葉は検索すればすぐに見つかります。ミームもたくさん作られていてそれほどに大人気。
ここではスターウォーズ公式サイトのヨーダ語録のビデオを使って、マスター・ヨーダの不思議な英語の意味するものを考察してみたいと思います。
ヨーダ語録
When nine hundred years old you reach, look as good as you will not
これはおかしな英語ですね。
「スターウォーズ」を初めて見るという英語話者の方は間違いなく混乱します。文法が滅茶苦茶ですが、詩を読まれる方は、倒置文の英語なのだなと理解されるのでは。
本来ならば、この文章は
という具合に、主語+動詞+目的語、という本来の語順は、目的語+主語+動詞という風になっています。
和訳は実はヨーダ構文からだと、本来のまともな英文からよりもずっと簡単。
なぜであるかは、あとで語ります。
Truly wonderful, the mind of a child is
この文章は感嘆文でしょうか。
頑張っているパダワンたち(幼いジェダイ戦士候補生たち)を褒めている言葉です。
という大袈裟な感じでしょうか。次のような普通の言い方だと感銘が薄れてしまいます。
Judge me by my size, do you?
Judgeという単語から文章が始まると、まるで動詞による命令文みたいなのですが、これも倒置形。
次のような普通の文章だと面白くないです。
Adventure. Excitement. A Jedi craves not these things
Craves not… というのは古風ですね。古い詩文にでも出てきそうです。
ひっくり返して語る詩文の常套表現。格調高く聞こえます。
Wars not make one great
この言葉は結構知られているかも。
ルークが主人公の初期三部作の頃には、マスターヨーダは無刀の境地にあり、もはや戦いわないと思っていましたが、2000年代のアナキンが主人公の三部作ではヨーダはCGの力で戦士として活躍しました。
Episode IV: A New Hope (1977) ヨーダはまだ登場せず
Episode V: The Empire Strikes Back (1980) ヨーダのシリーズ初登場。ルークをジェダイ戦士として鍛えます
Episode VI: Return of the Jedi (1983) ヨーダは霊体として登場
Episode I: The Phantom Menace (1999) ヨーダはジェダイ評議会の中心人物
Episode II: Attack of the Clones (2002) ヨーダはライトセーバーを振るい、大活躍
Episode III: Revenge of the Sith (2005) 評議会は消滅してヨーダは正体を隠して流浪の身に
Notという否定語はDoやDoesがないと、現代英語文法的に破綻しますが、この古風な表現は日常会話では、戯けた表現として結構使われたりします。
Luminous beings are we …not this crude matter.
これは前後の文脈がないと訳しようがないですね。
この文章だけの逐語訳だと「我々は光り輝く存在であり、こんな粗雑なものは気にならない」なんて感じですが、映画「スターウォーズ・エピソード5:帝国の逆襲」ではこういう場面で語られます。
フォースはスターウォーズ世界の精神的な超能力。
東洋的な文脈ならば、体内に流れている「気」の力なんて感じかもしれません。
This Crudeは雑念みたいな感じですね。余計なこと考えるなということでしょう。
Do. or do not. There is no try.
これはマスターヨーダ屈指の名言として有名。
シェイクスピアのハムレットの有名な言葉に酷似していますが、おそらくパロディですね。ですので、特にヨーダ的な文法というわけではないですが、こういうシェイクスピア的な言い回りをよく使うのがマスター・ヨーダなのでした。
英語は単純な言葉に深い意味が隠されています。
英文を読んで単純だなと思っても、和訳するとものすごく複雑になったりもします。
英語の日常会話には、日本語のそれほどに複雑な言葉は出てきません。教養ある日本人の日常的語彙の方がわたしにはより豊かに思えます。
だから俳句や短歌をだれもが詠めたりしますが、英語は単語の選択は確かに大切ですが、英語的な深さは言葉の組み合わせ。短い単純な言葉に思わぬ深い意味が隠されているように思えます。
引用元のビデオをご覧になりたい方はこちらをどうぞ。
ヨーダ構文とは?
さてここまで見てきたように、もうお分かりですね。
ヨーダ構文とは古い英語を思わせる言い回りが多いですが、基本的にはもう日本語文法そのもの。
というものが学校で習う英文法の基本構文の形。
でもヨーダ構文は、日本語的に
となるのです。日本語では主語Sさえもなくなってしまいますが。
次のヨーダの有名な言葉、日本語訳の語順は、もうヨーダ語そのもの。前後を入れ替える必要はないのです。
「力を君が持つようになると、ダークサイドを君の中に感じるよ」
日本語の文章、そのままな発想で英単語が並べられています。
ヨーダの母国語はきっと、日本語と同じ文章構造を持っているのです。
まとめ:英語的発想とは?
英語的発想については名詞構文の話などを以前にも書きましたが、基本的に頭でっかち(長い主語)の文章は嫌われる。
長い主語はIt is ... that …の構文で知られるように、後ろにどんどん繋がれてゆく。
日本語は目的語が最初に現れて、最後に動詞が来る。
動詞から述べる英語と、動詞が最後に来る日本語。動詞が最初なので、いろんなことを名詞化して語るのが英語。日本語は対象となるものを前面に押し出して、それをどうしたいかどうするかがなかなか語られない。
感じ方の違いですが、わたしは日本語を母語とするので、どこか日本語的なヨーダ構文に親近感を覚えて、英語で曖昧な文章を喋ったりするときには、動詞よりも対象語となる名詞を先に述べてしまったりします。
慌てると特に文法が可笑しくて、きっと私の話を聞いている英語話者の方は、こいつの発想はマスターヨーダのようだな、などと思われているのかもしれません(笑)。
でも時々ヨーダ構文をあえて混ぜて会話するコンピューターサイエンスの大学教授に出会ったこともありますし、銀河系の果ての言葉は日本語のような言葉なのだなと思ったりするのは面白いことかもしれません。
英語を喋って、どんな言葉が最初に出てくるかで、その人の語学的発想はどこにあるのか突き止められそうです。
英語発想は主語中心文法で疲れるなとよく感じます。Itが冒頭にあっても、そのItが意味する文意がひたすら後に連なってゆきます。
Full sentence を喋らないブロークンな英語を駆使しておられるノン・ネイティブスピーカーもたくさんいますが、きちんとした文章を英語で書いてみて、ネイティブな英語発想ってどんなものか、考えてみるのもいいですよ。
単語やフレーズを聞いて、すぐにどういう意味かを類推する能力が語学力なのでしょうが、喋ったり書いたりするアウトプットで、どういう語順で発想が出てくるか。
わたしとしては日本語ばかり読んだりしていると、なかなか英語脳的発想にはなりづらい。英語ばかり喋っていると日本語が直接的で不自然になるように思えます。いわゆる直訳調な日本語になります。
きっとマスターヨーダの思考もそうなのですね。だからあんな前置詞節を羅列する、流暢に流れてゆかない、へんてこりんな英語ばかりを喋っている(笑)。