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「君は放課後インソムニア」に寄せて
とても素敵な漫画に出会いました。
夜空を撮る天文活動を通じてはぐくんでゆく、高校生の純愛を主題にした作品。
類似の作品はいくらでもあると言えるのかもしれませんが、おそらく全ての人にとって、純愛は永遠のテーマ。
初々しい若い二人の純粋な想いは、人生の水も甘いも噛み分けた大人にも美しい。
恋愛は誰にでも起こりうるものですが、それが純愛と呼ばれるようになるには、恋愛を簡単に成就させない、ある種の障害が必要になります。
親や社会が恋人たちの恋愛の障害になることが古典的な純愛の必要条件。
障害ゆえに成就しなかったということで恋人が永遠化されて純愛となることも。イタリア・ルネサンスのダンテやペトラルカの純愛のように。
シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」にみられるような家同士の対立だとか、日本近世の近松門左衛門の身分違いの恋の世界だとか、後述する貧困や戦乱などの社会的制約や、最近の流行りでは病弱なヒロイン。
こういう恋愛を簡単に成就させない要素が愛の純度を高めて美しくしてくれるのです。
オペラの世界には、身分違いで病弱、社会的な禁忌などが全て詰まったイタリアのジュゼッペ・ヴェルディの「ラ・トラヴィアータ」みたいな作品もあります。
ヴェルディやプッチーニの世界は恋愛モデルを学ぶための最高の教科書にさえ思えます。
ヴェルディの「ラ・トラヴィアータ=道を踏み外した女=椿姫」のヴィオレッタをより、センチメンタルにエモーショナルにしたのが、貧困の中で肺病で死んでゆく、プッチーニの「ラ・ボエーム=ボヘミアンたち=今でいうところのニートな若者たち」のヒロイン、ミミの死。
このオペラには純情、純愛、青春アオハル、若すぎて愛を理解できなかった不幸な恋人たち、そして二人を暖かく支える友人たちと、若い悲恋に伴われる全てが極上の涙を誘う音楽の中に詰まっている。
人間世界に新しい恋愛なんてありはしません。
愛は普遍であり、不変です。
いつの時代にも、男女は同じように異性に惹かれて、恋愛を阻むものに、相手との距離に慄き、思慕を募らせて、恋心を育てて、挙げ句の果てには、相手のためには死さえも厭わなくなるものです。
相手のために身を引く忍ぶ恋なんてものもあるし。
A Boy Meets a Girl
さて今回わたしが出会ったのは、共に心に傷を抱いているからこそ、心を通じ合わせることができる病弱ヒロイン漫画でした。
眠れないこと、そして本人たちもまだ知らぬ心のトラウマ。
この二つなくして二人はこれほどに心を通じ合わせられはしなかったはず。
障がいや欠点は共有する人たちを結び付けるカギとなる。
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オジロマコトの「君は放課後インソムニア」は天文部というAstlonomy 天文学観測の活動に焦点を置いた物語。
先天的障がいのために心理的に眠れななくなった時間を楽しくやり過ごそうというスタンスから選ばれた天文部活動。
これは本当は物語の主題そのものではないけれども、天文部活動を通じて違った人生が見えてくるのは素晴らしい。
物語の最も本質的なテーマは病弱ヒロインと彼女と出会ってしまった、やはり心に深いトラウマを抱えているがゆえに夜眠れない少年の高校生時代という特別な時間の中の物語。
同病愛憐れむ
という古い諺は真実。
英語でも
A pity is akin to love
といいます。Pity loveという言葉もある。憐れみはやがては愛に昇華される。
ドジョウが鯉になって鮎になる
なんていう言葉もありますね。
人は自分の中の弱さを共有している相手に最も惹かれるものです。
わたしも過去の経験からそんな恋愛ばかりしていました。
相手の優れた部分を尊敬して相手を好きになるよりも、相手の弱い部分に同情して共感して相手に好意を持つことを繰り返してきた思いがします。
自分の手には届かない高嶺の花のような相手でも、ふとしたことから思いもかけぬ子供っぽい一面や以外な事実を知ることで、相手に深い親しみを持つようになる。
よくあることですね。
わたしの場合は、お互いを尊敬できる相手を見つけられればよかったのに、そういう相手には出会えなかった。
そんな後悔から、作品の描く純愛に共感と羨望を感じずにはいられませんでした。
インソムニア Insomnia
Insomniaという英語は、否定の接頭辞 In とラテン語の睡眠の神様ソムヌスSomnusから生まれた語幹 Somnと学術語を作る語尾 -iaで出来た言葉。
ソムヌスはあまり聞きなれませんが、ギリシア神話のヒュプノスという神様と同じ。
人工的に眠りに誘う催眠術は Hypnosis <hɪpnóʊsɪs>と言います。カタカナ表記でヒプノウシス。アクセントの部分は二重母音。
さて、物語は不眠症を持つ高校生二人はお互いに夜は眠れないという生き方をしてきたことから共感して、両想いとなるのです。
原作は今も連載継続中ですが、起承転結型の物語でいえば、現在は主人公たちは部活の天文部を引退して進学を考えているところ。起承転結の転の部分です。
眠れないという共通の苦しみを抱えているから誰よりも通じ合える。
眠れない夜、二人で目の前の星空を眺めてこう呟く。
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誰よりも二人を共通の苦しみが繋いでいるから、そしてその苦しみを分かち合えるから、一緒にいると何もしていないでも、ホッとする。気が休まる、リラックスできる。
こんな関係は最高です。本当に羨ましいほどに。
ヒロインの女の子は超美人という子ではなく、笑うとすごく可愛いという普通の女の子。だからより身近に思えて、等身大な二人に共感できます。
少女漫画によくあるイケメンと恋に落ちたり、少年漫画によくあるような超美人のヒロインと結ばれるなんて話ではなく、ごく当たり前の二人の小さな恋の物語。
だから彼らの純情さに心打たれます。
こんな高校生活を送ってみたかったなんて今更ながら思ってしまいます。
物語はやがてヒロインの病弱さが恋愛成就の障害として出てくるのですが、そうした部分を指し引いても、この漫画の二人の恋愛は素敵なものです。
忘れていたものを思い出したようでした。
あまりに病弱ヒロイン要素を強調すると、いかにも作り物に思えてしまうけれども、こうした病弱であることが少しづつ明かされてゆくのも素敵です。
「四月は君の嘘」や「君の脾臓を食べたい」とはそんなところが違う。
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そして意味深に「わたしを残してね」と呟く。
今年四月より放映中のアニメでは、
この部分はより深く取り上げられていて、
彼女の言葉はより印象的になります
写真の中には残り続けるかもしれない自分、
つまりいつかいなくなってしまうかもしれないことを暗示する彼女
現在も連載中で、最新コミックスは12巻。
最新刊の終わりから、インソムニアの二人は天文部を後輩に託して、進路を探し始めて、星の話は出てこなくなりますが、まだ連載中なので二人は星景写真の世界に戻って来るかもしれないですね。
白丸センパイ
二人を助ける、孤独が好きな卒業生の天文部の先輩も素敵です。
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恋する二人に対して顔を赤らめながら
「スケコマシ!Philanderer」と言い放つ
歳上で世間知に飛んでいるようで
恋愛に極端にウブな白丸先輩
独りが好きだった彼女は男性経験皆無でしょう
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大学生くらいの彼女は時々こんな素敵な言葉を吐きます
恋愛に初心な彼女もまた、自分探ししている二十歳を少し過ぎたくらいの年齢
未成年の未完成、経験不足はまた
伸び代の大きさでもあり、
新しい経験を積み重ねてゆく中で成長してゆく
高校生の純愛の源泉でもある
高校生からは大人に見えても、彼女もまた未完成な若い女性
わたしはこの物語で彼女が一番好きです
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とても幸せな思いに包まれる
好きなことを共有できることほどに素晴らしいことは人生にはそう多くはありません
いい笑顔です
等身大の彼女
わたしは作者の描く美人すぎない、でもときどきドキッとするほど可愛い表情を見せるヒロインに心から共感しました。
女の子はいつだって可愛い顔ばかりを見せているわけでもない。
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でも好きな人のために笑う時、彼女は世界で一番可愛い女性になる。
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そんな女性を描くことが非常に上手なのが、原作者オジロマコトなのだと思います。
アニメ版はヒロインが漫画よりも美人すぎるかもしれませんが。その点は、より広い視聴者を対象に作られているのがアニメなのだなと思い知らされます。一般ウケするように作られないといけないから。
カメラによる夜空の撮影
実写映画化もされるそうです。六月公開。
天体観測する天文学部というマイナーなトピックを選んだ作品なので、美しい星空を見れることが楽しみな作品。
星空を映画の中でどのように美しく表現してくれるでしょうか。
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いつになったら下の名前で呼び合えるのだろう?
この辺りは本当に日本的笑
星空を撮るためのカメラの露出時間云々を語る蘊蓄も出てきますが、読後には優れたカメラ機能を持つiPhone 13か14にスマホを買い替えたくなるほどに、星の世界をカメラに拝めるということは素晴らしく思えます。
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露出時間を長くして一時間ほどかけてスマホで撮影を続けると
こういう写真も撮れてしまう
地球は動き続けているので、時間をかけて夜空を撮るとこんなふうに
http://www.pasocoop.jp/single-post/20220820
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F値とかISOとか露出時間とか、本作を通じて初めて意味を理解しました笑
星空の下の二人
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原作ともどもおすすめです
アニメは原作が少しずつ仄めかしてゆく病弱ヒロイン性が薄れていて、
美麗な夜がなんとも素敵に描写されます
悲劇性はこれから語られてゆくのかもしれませんが、
原作の重要キャラの一人であるおばさんが全く登場していないことが気になります
その人物がいないと悲劇性が際立ちません
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でもこんな世界はいつまでも続かない
だから今を精一杯生きていていたいって思えます
空を見上げると自分自身の卑小さに気がつきます
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追記:
作者オジロマコトさんの前作「富士山さんは思春期」と「猫のお寺の知恩さん」は、ほのぼのとした日常の情景を淡々と描き出して、ただいまここにあることが幸せなんだっていう日常こそが幸せなんだという世界を美しく描きだしましたが、本作「君は放課後インソムニア」には、幸せ色いっぱいの前作には皆無だった悲劇的な色調が滲んでいます。
時限爆弾のような心臓を抱えている伊咲と、彼女のために看護師になりたい彼の二人を前作同様に当たり前のハッピーエンドに何着陸させる終わり方もありでしょう。
でも病気ヒロインものはヒロインの死で終わる物語。
この物語の終わりの可能性のことを考えていると、彼らが眠れない夜中に見ている星空からこんな歌を思い出しました。
あまりにもロマンチックすぎて赤面してしまいそうな歌詞だと二十年前には思いましたが、こんな純情な二人にはこの歌詞が似合いそうです。
この歌が発表されたのは2003年でした。
二人で寄り添って眠ってもお互いの心臓の鼓動を聞き合って、止まることのない鼓動の響きに安堵して安眠する二人。そんな二人にお似合いな曲はこれです。
もし, キミを失ったとしたなら
星になってキミを照らすだろう
笑顔も 涙に濡れてる夜も
いつもいつでもそばにいるよ
ネットで見つけたこの男性二人組、素晴らしい歌唱です。
死んだら星になる。
ギリシア神話のような、ほんとに神話みたいなお話だけれども、こんな物語を読むと嘘っぽく思えないのかも。
満点に輝くの星を見ているとそんな思いに駆られます。
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