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「天には栄え」:メンデルスゾーンのクリスマスソング

12月ですね。

日本では師走

「お坊さん=師」が年末の仏事のために忙しく走り回る月という意味。伝統的に家族供養の行事の季節でした。除夜の鐘などでも、確かにお坊さんは忙しい。

世界的にはクリスマスの季節

聖書のどこにもキリストが12月25日の真夜中に生まれたとか書かれていないけれども。ローマの太陽崇拝に関連した太陽の誕生日が12月25日でした。

街角のポップなクリスマスソングのなかにはじつは伝統的なクリスマスキャロルもたくさん紛れています。

聖歌は巷でも普通にクリスマスソングとしてキリスト教的なキャロルもBGMとして耳にすることができるのです。

近所の図書館に行ったらクリスマスツリーがありました

そのようなクリスマスキャロルのほとんどは無名の教会関係の作曲家たちによって書かれた音楽なのですが、ただ一曲だけ、音楽史の中で楽聖と呼ばれる大作曲家の作品があります。

それが聖歌「あめには栄え」

あめには栄え 御神みかみにあれや
つちには安き 人にあれや」と
み使いたちの たたうる歌を
聞きて諸人もろびと 共に喜び
今ぞ生まれし 君をたたえよ

実はドイツの大作曲家フェリックス・メンデルスゾーンの作曲です。

この歌の由来はなかなか興味深いものです。

もともとは1840年のヨハネス・グーテンベルクによる活版印刷生誕400年を祝うために書かれた「グーテンベルク・カンタータ」の中の一曲。

グーテンベルクによる活版印刷は、ドイツの発明として、ドイツ人の誇りだったのです。

マインツ市のグーテンベルク像

1840年、グーテンベルクの生まれ故郷のマインツなどではグーテンベルクの銅像なども建立され、ドイツ各地でもいろいろなイヴェントが企画されて祝われました。

そこでライプツィヒでも、出版業界は市の大事な産業だったために、グーテンベルクの偉業を讃えるために特別な式典を企画したのでした。

ライプツィヒ市にはゲヴァントハウス管弦楽団の楽長で、ドイツ一名前の知られた大作曲家フェリックス・メンデルスゾーンがいました。

ライプツィヒ市は特別記念行事のための機会音楽作曲をメンデルスゾーンに依頼。

こうして作曲されたのが

祝典歌「グーテンベルク・カンタータ」(Festgesang zu Gutenberg)

でした。

Vaterland, in deinen Gauen
brach der goldne Tag einst an.
Deutschland, deine Völker sahn
seinen Schimmer niedertauen.
Gutenberg, der deutsche Mann,
zündete die Fackel an.

父なる国よ、
その郷里に黄金の暁が訪れた
ドイツよ、あなたの民は
その輝きが降り注ぐのを見た。
グーテンベルク、ドイツの男が
この灯火をともしたのだ。

カンタータなので複数の歌が含まれますが、第二曲目がのちに讃美歌として知られるようになる歌です。

グーテンベ~~~ク🎵
デア・ドイチェ・マン❢

ドイツ人のグーテンベルク!!!

と褒め称える歌😁。

街の広場で演奏されるための男声合唱とブラスバンドのための音楽。

つまり聴衆はメンデルスゾーンが普段の作曲の念頭に置いている音楽的教養のある人たちではなく、街の広場に集まるライプツィヒ市の一般市民たちが意図されていたのです

したがって、メンデルスゾーンは音楽的教養がなくても理解できる分かりやすいメロディと単純な伴奏の音楽を意図的に作曲したのです。

ピアノのための無言歌を、社会的に外の世界で活躍しないで家庭で良妻賢母となるべき女性たちを対象として作曲したように、メンデルスゾーンはあえて誰にでも理解できる大衆的な歌を考え出したわけです。

メンデルスゾーンの芸術的歌曲は大変に技巧的で歌いにくいですよ。高度な歌唱技術が必要とされます。

ですので、メンデルスゾーンとしては自分が普段誇りをもって作曲している芸術音楽とは別のレベルの作品とみなして出版せず、祝典歌「グーテンベルク・カンタータ」は現在でも作品番号なし(WoO9=Werke ohne Opuszahl9)のまま。

コンサートホールではまず演奏されない音楽です。

実はグーテンベルク記念祭の翌日6月25日のために交響曲第二番「賛歌:Lobgesang」(作品52)をメンデルスゾーンは作曲していました。

バッハ所縁の聖トマス教会で初演されるための音楽で、グーテンベルク祭に湧くライプツィヒ市の文化的なお祭りの一環として、合唱付きのベートーヴェンの第九交響曲のスタイルで作曲された大曲です。

間違いなくメンデルスゾーンには、グーテンベルク・カンタータよりも交響曲第二番の方が大事な作品でしたが、メンデルスゾーンは市民たちの式典にふさわしい音楽も立派に書きあげたのです。

作曲家が渾身を込めて作曲された交響曲第二番はライプツィヒ市を統治するザクセン王国のフレデリック・アウグストゥス二世に献呈されています。

対するに、グーテンベルク・カンタータは出版もされない、ただ一度の特別式典のための音楽のままでした。

初演日はグーテンベルク・カンタータが6月24日、交響曲が6月25日。

兄弟みたいな関係の作品なのに、この待遇の差!

なのですが、グーテンベルク・カンタータのあまりにもキャッチ―で分かりやすいメロディは、出版されなくても忘れられることはありませんでした。

カンタータはやがてメンデルスゾーンをこよなく愛した英国に伝わり、英国人作曲家ウィリアム・カミングズが百年も前の古くから知られたある歌詞

Hark! The Herald Angels Sing!

聴け!天のみ使いたちが歌う!

を選んで、カンタータのドイツ語歌詞と取り換えて、メンデルスゾーンの死後(1847年没)の1855年に出版します。

メンデルスゾーンは生前に十度も渡英しています。

ヴィクトリア女王にも四度も謁見しています。

英国人は、ヘンデルとハイドンとメンデルスゾーンの三人を英国合唱音楽の三大作曲家として特別扱いしています。

英語のためにそれぞれ素晴らしいオラトリオを作曲したからです。

さて、こうして英国において未出版のグーテンベルク・カンタータは復活、1861年にはイギリス聖公会の聖歌集の中に正式に含められ、特にクリスマスの歌として(歌詞の内容がイエスの生誕を伝えるルカ伝2章の天使の言葉に基いているから)知られるようになります。

以上のように、作曲者メンデルスゾーンはグーテンベルク記念祭のための音楽が英語のクリスマスの歌として世界中で歌われるようになるとは思いもしなかったわけです。

けれども作曲当初の歌詞と異なるだけで、歌そのものは正真正銘のメンデルスゾーン作曲の名作です。

わたしはこの歌を教会などで聴いたり、歌ったりすると、

ああメンデルスゾーンって愛されているな

「夏の世の夢」の結婚行進曲とともに
誰もが知っているけど
作者が誰かは知らない作品かも

と思わずにはいられません。

日本では12月は

年末のベートーヴェンの「第九」の季節

ですが、英語のクリスマスキャロルの国に住んでいるわたしには12月は

クリスマスのメンデルスゾーンの「天には栄え」の季節

なのです。

少し早いかもしれませんが、メンデルスゾーンのクリスマスソング、ポップアレンジでお楽しみくださいませ!

ちなみに

Hark!

という英単語(動詞)、まず英会話の日常ではほとんど使われません。

シェイクスピア時代の古語で「Hear」と同じ語源を持つ言葉ですが、「Hear」を強調した言葉。必ず命令形で使用されます。

古語なので格調高い日本語に訳すならば

謹聴!

ですね。

でもシェイクスピア時代には当たり前の言葉でした。

"Hark! Hark! The watchdogs bark!"

シェイクスピア「テンペスト」
聞いて聞いて、番犬が吠えている

Hark, hark! the lark at heaven's gate sings,
And Phoebus 'gins arise,
His steeds to water at those springs
On chaliced flowers that lies;

シェイクスピア「シンベリン」第二幕
聞いて!聞いて! ヒバリが天の門で歌い、
太陽神フォイボスが昇り始める。
その馬たちが泉で水を飲む、
杯のような花びらに宿る水たまりから

シューベルトの作曲(D.889)で有名
あいにくの曇り空でしたが、
巨大なクリスマスツリーが
わたしの住んでいる街の広場に
建てられました
やはりこのような広場で
グーテンベルク・カンタータは
演奏されたのでした

クリスマスシーズンはこれからですね。

ポップなクリスマスソングもいいですが、聖歌も歌ってみてください。

キャロルほどに英語の勉強に最適な歌はありませんよ。

Merry Christmas!

Hark the herald angels sing
"Glory to the newborn King!
Peace on earth and mercy mild
God and sinners reconciled"
Joyful, all ye nations rise
Join the triumph of the skies
With the angelic host proclaim:
"Christ is born in Bethlehem"
Hark! The herald angels sing
"Glory to the newborn King!"

ハーク・ザ・ヘラルド・エンジェルス・スィング!(笑)
RとLがたくさん混じっているのが英語ですが
歌うと区別しやすくなります
だから英語発音を鍛えるのに最適な歌です

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