24歳で夭折したルクーの遺したヴァイオリンソナタ

ヴァイオリンとピアノの二重奏はバロック時代から人気ジャンルでしたが、助奏と訳されるオブリガートの役割から、旋律楽器のヴァイオリンを解放したのはベートーヴェンでした。

ベートーヴェン以前のヴァイオリンソナタのヴァイオリンは、バッハやモーツァルトの作品も含めて、鍵盤楽器の補助的な存在だったのです。

ベートーヴェンの大傑作クロイツァー・ソナタなど、ピアノとヴァイオリンが丁々発止、大喧嘩をしているような音楽です。二つの楽器は完全に対等。

やがてベートーヴェンの先例に倣って19世紀のロマン派時代には数多くのヴァイオリンソナタが書かれるようになりますが、最高傑作はセザール・フランク (1822-1890) のソナタだとされます。

そのフランクの最後の弟子だったのが天才ギヨーム・ルクー (1870‐1894)。師の名作と同じくらいに魅力的な、フランス・ベルギー流派と呼ばれたベルギー流ヴァイオリン音楽の最高傑作の一つとなる作品を書き残して、チフスに感染して僅か24歳という若さで世を去るのです。

ルクーのソナタ、モーツァルト19歳のヴァイオリン協奏曲もそうですが、若者にしか書けない、瑞々しい青春の調べと呼びたくなるような音楽です。人生の春の音楽。希望に溢れていて、この世に苦難や絶望があることを知らないような若者の歌。

若いルクーは自分がチフス熱に感染してあっという間に亡くなるだなんて微塵にも思ってもいませんでした(今流にいえばコロナで急逝)。だからルクーの音楽には前途洋々で若々しい人生への明るい希望の歌が溢れていますが、あまりに夢想的でベルギーのローベルト・シューマンと呼んでもいいくらいに素晴らしい。

ドイツ音楽とは全く別の美学の上で書かれたこの曲、あまりに詩的で繊細で儚い音でできていて、演奏するにもこの繊細さが表現されていないと台無しです。神童ユーディ・メニューインや悲劇的な最期を迎えたクリスツィアン・フェラスの録音も良いですが、私が大好きなのはアルトゥール・グリュミオーの演奏です。

実はグリュミオーの高名なモーツァルトやベートーヴェン録音を好まないわたしですが(ドイツ音楽的ではないから)フランス・ベルギー音楽を弾かせるとこの人しかないと思い込んでしまうほどに、グリュミオーのベルギー音楽演奏(イザイ、フランク、ルクー)は素晴らしい。ドイツ音楽とは全く別の美学がある。

ルクーのソナタ、思い切り歌うヴァイオリンの調べを愛する人には最愛の音楽ですね。たくさんの人に好きになってほしい音楽です。

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