「美しいメルジーネの物語」:カール・シューリヒトの名演

メンデルスゾーン研究の権威ラリー・トッド教授の力作、世界で唯一のフェリックスのお姉さんのファニーの伝記「Fanny Hensel: The Other Mendelssohn(ファニー・ヘンゼル:もう一人のメンデルスゾーン (2010) 」を入手。読めば読むほど、これまでわからなかった歴史的事実があらわになり、愉しい読書です。

どのような新しい学びを得たかについては読み終えた後に是非とも報告してみたいのですが、トッド教授の伝記に触発されて、弟フェリックスの作品を聴いてみました。

ファニーとフェリックスは創作において、普通の姉弟を超えた一心同体のような関係を死ぬまで続けてゆくのです。実際にフェリックスは急逝した姉の後を追うように僅か半年後に最愛のお姉さんを失った悲しみから立ち直れずに亡くなります。奥さんと五人の子供を遺して。

ファニーはフェリックスの全ての作品を知っていて、フェリックスもまたファニーの全作品を理解していました。地理的に離れて暮らした後半生では、ライプツィヒのフェリックスが新作をベルリンのファニーに断りなく出版すると、結婚して子供もいるお姉さんは、同じく結婚して家族を持つ弟に対して「自分に新作を見せないで出版するなんて、あんまりじゃないの!」などと咎める始末(笑)。

そんな二人なのでファニーとフェリックスはお互いに誕生日などには作品を贈りあっていますが、ヨーロッパの古い伝説に基づくフェリックスの有名な「美しいメルジーネの物語」序曲作品32は、28歳のファニーの誕生日のために書かれた名作です。

「美しいメルジーネの物語」は日本の鶴の恩返しに似たような伝説。水の精メルジーネと若い領主は恋をして、メルジーネは水浴びや出産の際には自分の部屋には決して入らないことを条件にして結婚をしますが、ある時、夫はメルジーネが水浴する姿を覗き見てしまい、人魚の姿(下半身は蛇・竜)を見られたメルジーネは禁忌を破った夫の元から去るのです。

メルジーネの物語は中世以来、数多くの絵画などに描かれていて、のちにウンディーネ伝説やアンデルセンの人魚姫へと変容してゆきます。

音楽ではメンデルスゾーンの序曲が大傑作です。最初の部分で水が流れる描写は音の風景画家メンデルスゾーンの作曲技法の素晴らしさを堪能できます。

今回選んだ録音はシュトゥットガルト放送交響楽団を指揮したカール・シューリヒトの1960年の録音。通好みの指揮者で知られるシューリヒトですが、久しぶりに聴いて楽器間の独特のバランス感の素晴らしさに聞き惚れました。

オーケストラは指揮者がいなくても演奏できますが、楽器が多い時にはどうしても各楽器の音量調節をする人が必要になり、その音のバランスの調整に大変に優れていたのがシューリヒトでした。いわゆるベルリンフィルなどの超一流のオケではない、地方オケを振って音楽通や玄人を唸らせる演奏を行ったシューリヒト。改めてシューリヒトは凄いなと思い知りました。

通好みなので、あなたがよく知っている曲のシューリヒトの演奏を聴いてみると、他の誰とも違う解釈をする(楽器バランスの素晴らしさに)彼の凄さが初めてわかります。

最初は「夏の世の夢」序曲を聴いてあまりに素晴らしさに驚きましたが、今回はファニー関連で「美しいメルジーナ」序曲をどうぞ。カラフルなオーケストレーションの中の管楽器が見事に浮き彫りにされてゆく様子はこの曲を初めて聴かれる方にも絶対にお勧めできる演奏です。

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