未来からのメロディ:ラフマニノフのラプソディ第18番変奏曲
セルゲイ・ラフマニノフ Sergei Rachmaninov (1873–1943)は、作曲家としては、古臭い時代錯誤な音楽を二十世紀になっても書き続けていた時代遅れな音楽家であると、音楽史家には高く評価されません。
ですが、現代のクラシック音楽世界においては抜群の人気を誇り、特にピアニストたちには神格化されています。
コンサートホールでも最も頻繁に演奏会の品目に上がる楽曲を書いた作曲家です。
十九世紀のチャイコフスキーの衣鉢を継いで、スラヴ的な哀愁の音楽を綿々と歌い続ける彼の作品はロマンティック音楽の化身そのもの。
二十世紀前半の最高のピアニストであったラフマニノフのピアノ曲が優れているのは当然と言えますが、10度どころか11度の和音(ドの音から次のオクターブのファまで)を軽々と鷲掴みすることができた、大きな手のラフマノノフの要求する全ての音符を弾き切ることは、普通の大きさのサイズを持つピアニストたちには本当に過酷です。
しかしながら、重厚な和音が半音階的にスライドしてゆくラフマノノフ・オウンドはピアノを聴く醍醐味と言えるでしょう。
ラフマノノフの数多い名曲の中でも私のお気に入りは「パガニーニの主題による狂詩曲)作品43 (1934) 。大人気のピアノ協奏曲第二番や第三番よりもわたしはラプソディを好みます。
パガニーニの主題による狂詩曲
狂詩曲とは、自由な形式の楽曲のなかでも、特に自由奔放なものに名付けられるもので、そこが幻想曲とは一線を画する要素なようです。フランツ・リストのハンガリー狂詩曲が大変に有名ですね。
ラフマノノフのラプソディはパガニーニ作曲の主題に続く24にも及ぶ変奏からなる変奏曲形式の音楽です。特にカンタービレな第18変奏が単独で演奏されるほどに有名。
主題は過去の数多くの作曲家に引用されたヴァイオリンの鬼才ニコロ・パガニーニの12の奇想曲の最後の24曲目の曲の主題。
シューマンやブラームスなど名だたる大作曲家がこのメロディを用いて変奏曲を書いていますが、おそらく最高傑作はラフマノノフのもの。
全曲続けて聴くと、超絶技巧な速い変奏の嵐が続いたあとに、あまりにも叙情的でノスタルジックで十九世紀風のメロディーがふと現れると心洗われます。
24の変奏のなかでも、特に第18変奏が単独で演奏されるほどに有名です。
楽譜で示すとバッハのフーガのように音符の順序が入れ替えられているのが変わります。
「ある日どこかで」 Somewhere in Time
映画で使われた例で忘れられないのは、スーパーマン役でスーパースターとなり、後に落馬事故によって首から下が半身不随となった名優クリストファー・リーヴ主演の|Somewhere in Time《ある日どこかで》 (1980) 。
映画のメインテーマはこんな風。
どこかラフマニノフ風な最高にロマンティックな映画音楽の大傑作。
ネタバレしたくはないので多くは語りませんが、この映画はタイムトラベルもの。
ラフマニノフの音楽が作曲された1934年という年号が作品の謎を解き明かすキーワード。
ある女性の古い肖像画に一目ぼれした若者は、未来から過去へと、恋に落ちた彼女を求めて時空を超えて旅立つのですが、現代と過去を繋ぐカギとなるのが、彼が何度も口ずさむラプソディのメロディ。
映画の最後は悲劇として終わりますが、悲しければ悲しいほど、本当に美しい映画です。1980年代にしか作ることの出来なかった映画なのでは。
こんな恋を生涯に一度でも出来るのならば、時を超えて、そして最後に恋に準じて死んでゆくことも悔いなしかもしれません。
時代を超えて
ラフマノノフの音楽なくしては成り立たない映画。
ラプソディ第18番変奏曲があってこそ生まれた映画。
わたしが見たのは、映画が製作されたから30年以上もたった、2010年代のことでした。オンラインでの動画配信が盛んになり、いまでは寂れてしまったビデオ屋さんからDVDをレンタルして見たのです。昔は映画はビデオ屋さんでレンタルして見ていたのですよ。
わたしが生まれる前の世代の1970年代の若者に感情移入して、1910年代の美しい女性に恋をするという物語が今もなお美しいのは、この作品が人生の真実を伝える名作である証です。
若い人にほど見て頂きたいです。
古い作風の音楽をいつまでも書き続けた作曲家ラフマノノフの音楽そのものに、時代遅れなまでに美しい名画です。この映画を見て心動かされること、温故知新と言えるでしょうか。
わたしには子供の頃に見た、史上最高のスーパーマンとして懐かしい、クリストファー・リーヴの出演した数少ない恋愛映画。
いつまでも忘れることのできない永遠の名画です。