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選択肢が多いほど不幸になる
デザイナーの坪田です。企画やデザインやブランディング、そして生活でも役に立つかもしれない「選択」の話をしたいと思います。
人は、食べるものや歩くルート、会社の方針、買い物、観る映画など、日に平均70回ほどの選択を行なっているそうです。しかし、選択させる側は間違った選択肢を提供しており、選択する側もそれに気がつかず間違った選択方法によって選択の質を落としたり、幸福度を下げてしまっているのです。そこでいくつかの選択の研究から多角的に選択を考えていきます。
1、シーナ・アイエンガー「ジャムの実験」
コロンビアビジネススクール教授のシーナ・アイエンガー氏は「選択の科学」の第一人者として名を知られている人物です。彼女は高校時代に視力を失うなど、選択の余地がなかった自身の運命から「選択」を研究テーマに選んだといいます。
もっとも有名なのは1995年に行った「ジャムの実験」です。この実験はアメリカの高級スーパーマーケット・ドレーガーズのジャム売り場で行われ、24種類のジャムと6種類のジャムを並べて、それぞれの売上げを比較を行うというものでした。当初この実験は「豊富な選択肢は売り上げをあげる」という店の方針を実証するために行われましたが、実際には真逆の結果を出しました。
ジャムを24種類置いた売り場では、立ち止まった人の60%の人が試食をしましたが、3%の人しか購入しませんでした。それに対して、ジャムを6種類しか置かなかった場合は立ち止まった人は40%しか試食しませんでしたが、30%の人が購入していったのです。
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アイエンガー氏は他にも「退職貯蓄制度」の加入についても調査しました。退職貯蓄制度では657ものプランがあり、人々が利用できるファンドの選択肢は2個のものから59個のものまでありました。ファンドの選択肢が多ければ多いほど実際の加入率が低下していることが分かりました。2つのファンドがあるプランでは加入率は約75%、60近くの選択があるプランにでは加入率は約60%まで低下します。
P&Gのヘアケア商品でも、商品の種類を26種類から15種類に減らしたら売上が10%も増加した、という結果もあります。
こういった結果になる理由として、人は多すぎる選択肢を目の前にした時「選択肢過多(Choice Overload)」という状態に陥るのだそうです。選択肢過多とは、選択肢が増えるほど選択することが難しくなり、迷いやストレスの原因になってしまうという現象です。基本的に人は頭の中に新規の情報を7〜9つほどしか留めておくことができず、瞬時に理解できるのは3つまでだそうです。その数を超えてしまうと処理できずに疲れてしまい。選択自体を諦めてしまうのです(行動経済学では「決定回避の法則」と呼ばれています)。
「売上を増やすために」と商品数を増やしてしまうと、購入者を迷わせ、選択肢過多に陥らせて、結果として売上を落としてしまうのです。これを読んでいる方も、どれを買おうか迷って「買っていない」、外食しようと思ったけどどの店も美味しそうで選べず「結局家で食べる」という状況になったことがあると思います。それが選択肢過多です。
Apple、BALMUDA、dyson、Leicaなどのブランドを見ているとやけに商品数が少なかったり、ラインナップが丁寧に整理されていて迷わないように配慮されていますよね。
2、エルダー・シャフィール「現状維持の法則」
プリンストン大学の行動経済学者エルダー・シャフィール博士は「現状維持の法則」を提唱しました。現状維持の法則は「選択肢が多すぎると、結局いつもと同じ選択肢を選んでしまう心理現象」のことだそうです。先ほど述べた「結局家で食べる」というのもこれに当たります。
人は本能的に変化を恐れ、ストレスに感じる生物です。変化してしまうとリスクがあるからです。同じ場所、同じモノ、同じ人だと知っているので楽です。今までと異なるものを選んでしまうと、今まで役に立った情報がまったく役に立たなくなります。わざわざリスクを冒す必要はありません。
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ちなみに選択肢過多に陥らなくても、現状維持をしてしまうものがあります。それは「定期購読」や「月額サービス」です。最近はストリーミングサービスが普及しましたが「最初の1ヵ月無料」につられて1ヵ月で解約するつもりで契約したけれど結局解約しない、という状況もこれに当てはまるそうです。
3、バリー・シュワルツ「選択のパラドクス」
3人目の選択に関する研究者はスワースモア大学の心理学者バリー・シュワルツです。選択肢過多の中、もし頑張って選んだとしても、その後別の問題が生まれてしまいます。アイエンガー氏の「ジャムの実験」は購入時の迷いの研究でしたが、シュワルツ氏は選択肢が増えることによって起こる「購入後」の不幸を3つに分けて説明しています。
01、購入後の後悔
「間違った選択肢を選びたくない」という悩みが生まれ、この無力感に打ち勝って決断を下したとしても、選んだものが期待通りではなかったり、少しでもマイナス面を見つけた時に、「他の選択肢にしておけば良かった」と後悔してしまうのです。
02、オポチュニティーコスト
オポチュニティーコスト(機会費用)とは「行動を選択することで失われる、他の選択可能な中の最大利益を指す経済学上の概念」だそうです。選択肢が多いほど選んだ後、他の選択肢のことを考えてしまい、選んだ結果がどれだけ良いものでも満足度がさがってしまいます。
03、期待する気持ちが高まる
シュワルツ氏はジーパンを買いに行った時のことを例に挙げて説明しています。たった1種類しか選択肢がないジーンズを買った時より、100種類から選んだこのジーンズは素晴らしいものだ、と実際のものよりも過剰に期待値が上がってしまいます。
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選択肢が多いと選択肢過多により購入の選択が難しくなり、頑張って購入したとしても、購入後には悩みが待っていることがわかります。ここで1点面白い例を挙げます。
最近、友人がオススメしていた「バチェラー・ジャパン」という番組を観ました。知らない方のために説明すると「ハンサムで社会的地位を確立している才色兼備の独身男性”バチェラー”の元に集まった多数の独身女性たちが、バチェラーに選ばれるためにゴージャスでロマンチックなデートをしながら過酷なバトルを繰り広げる。運命の相手となる最後の一人の女性が残るまで何度も選択が続いていく。」という恋愛リアリティの婚活サバイバル番組です。男性1人に対して女性が20人以上、男性は大人数の女性の中から次のステージに進む人を選択していくのです。
シュワルツ氏の研究を踏まえて考えると、選択肢が増えると決断後に「他の人が良かったかな」と後悔してしまうことが分かります。つまり、大人数の恋愛対象の女性の中から一人を選んだ男性は後悔が生まれやすい状況になっており、もしかすると長期的に良い関係を築けていないかもしれません。ちなみに、人が集まる都会と地方の結婚年齢の違いは選択肢過多に紐付いているのではないかと考えています。
4、極端の回避性(松竹梅の法則/ゴルディロックス効果)
選択肢は少ない方がいいというのはアイエンガー氏、シュワルツ氏の研究によって分かったと思います。ではどういった選択肢を用意すべきなのでしょうか。アイエンガー氏は5〜9の選択肢がベストと語っていますが、整理しやすく選びやすいということで、よく大中小・高中低・松竹梅などの3つのランナップが用いられています。この3つのラインナップにおいて違いが分からない(分かりにくい)場合、「真ん中」の売り上げが最も高くなるのです。これを「極端の回避性」と言います。たとえば……
・梅:500円の弁当
・竹:800円の弁当
・松:1200円の弁当
が売られていた場合「500円を買ってしまうとケチだと思われるのではないか」などと考え、「1200円を買って美味しくなかったらどうしよう」という考えが頭に浮かび、最も無難な800円の弁当を選んでしまいます。その結果、松20%、竹50%、梅30%という比率になるのです。
つまり、高価格・低価格2つのラインナップで「低価格ばかり売れて困っている」のであれば、高価格の上にもう一段階高い商品を追加することで、売りたいものが売れるようになるかもしれないということです。
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ゴルディロックス効果の「ゴルディロックス」とは童話「三匹の熊」に登場する少女の名前で、お粥を味見して熱すぎるのも冷たすぎるのも嫌で、ちょうど良い温度のお粥を選ぶことから来ています。
5、ロイ・バウマイスター「意志力」
1〜3では主に選ばせる側(売る側)視点で書きましたが、ここでは選ぶ側の「選択の質を上げる」話を紹介します。
ここ数年「決断疲れ」という言葉が注目されています。フロリダ州立大学教授で社会心理学者ロイ・バウマイスター氏が発表した集中力の源「意志力(WILLPOWER)」。思考や感情をコントロールしているといわれています。この意志力には容量があって、集中していたり選択をする度にどんどん消耗し、休息や食事などで補給されるという性質があるそうです。研究によると、現代人は1日大小合わせて平均70回ほど物事の決断をしているようです。決断の繰り返しによって意志力が減り、決断の質が落ちてしまう状態を「決断疲れ」と言います。この「決断疲れ」にならないように行動を不要な決断をしないようにしている人を何名か紹介します。
・スティーブ・ジョブズ
ジョブズはいつも「ISSEY MIYAKE」の黒のタートルネック、ジーンズは「リーバイスの501」、スニーカーはグレーの「ニューバランス」で、メガネは「ルノア」と決まっていました。タートルネックに至っては完全なるオーダー品で50枚とも100枚とも言われる数を発注しています。
・マーク・ザッカーバーグ
FacebookのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏は毎日同じTシャツを着ています。Facebook本社で「Q&A with Mark」を開催した際、同じ服を着ていることに対して「できるだけ決断の数を少なくしたい。朝食に何を食べるかとか、どんな服を着るかとかいう小さい決断は、エネルギーを消費する」と述べています。
・メンタリストDaigo
メンタリストのDaigoさんはクローゼットに7本のハンガーを用意し、月曜から日曜までの着る服を全身用意してしまうそうです。色々と試行錯誤されているので、今はバージョンアップしているかもしれません。
・佐藤オオキ
超人気デザイナーでデザインオフィスnendoの代表でもある佐藤オオキさんは常に300以上のプロジェクトを抱えているそうです。ここまでくると決断の連続ですね。佐藤オオキさんは毎日同じ服装(白シャツ、黒いズボン)で同じルートで散歩し、同じ道を通り事務所へ向かいます。同じコーヒーを飲み、昼食はいつも同じ店・同じ席で同じ蕎麦を食べるそうです。「器のどこに箸を突っ込んでも蕎麦」というのが考えなくても良いのだそうです。箸で掴むものすら選択しないようにしてるとは恐ろしいですね。
企業のトップや超多忙な仕事をしている人はここまで徹底していますが、要は「自分の大切だと思うことに注力をし、自分にとって最も重要度や優先度の低いものには考える力を割かないようにする」ということなんですね。
おわりに
シーナ・アイエンガー氏は、過剰な選択肢の問題を軽減する4つの方法について話しています。
1、無意味な選択肢を取り除くこと
2、具体化させて現実感を持たせること
3、カテゴリ分けをして選択肢を減らすこと
4、難易度に慣れさせること
これは選択肢を提示する側、される側のどちらでも役に立つ考え方です。そしてもう一点、私は「自分の基準を持つ」ことが大切だと考えています。
私はインテリアショップに行くとあれもこれも欲しくなりますが、例えば「家はモノトーンでまとめる」という基準があれば「自分にとっての選択肢」を減らすことができます。服のテイストの方向性をきめておけば迷わずに済みます。
そして「やることが多くて手が付けられない」という状態も選択肢過多だと言えます(私もよくあります)。こういう場合は「期限の早い順にこなす」や「一番楽なものから終わらせる」という基準があれば迷いも減り、行動までの時間も短縮できるでしょう。
夢や進路など、もっと重い決断をすることも多くあります。その決断に関して山中俊治さんがこのように話されています。
「こっちの方が面白そう」で決断すると案外まちがわない。それは多分、決断の良し悪しよりも、決断の後にどうふるまうかの方が重要だからだと思う
— 山中俊治 Shunji Yamanaka (@Yam_eye) September 16, 2014
この「迷ったら決断は軽く、面白そうな方へ」という山中俊治さんの基準は、大切にしたい考え方です。
多い選択肢の悪い点というのは「比較してしまうこと」です。比較しないと良いものは選べませんが、比較しすぎることは幸福度や満足度が下がってしまいます。比較しすぎず、自分の基準、自分の価値観を持って物事の判断ができたら良いですね。
SPOT DESIGN 坪田将知
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