椅子入門
みなさん、椅子はお好きでしょうか。お好きですよね。あ、言わなくて大丈夫です。知っています。こんなマニアックでヤバそうなタイトルのnoteを開いたということは、既に「椅子を特定する話」も読んでいることでしょう。
このnoteでは、椅子を楽しむために、椅子とは何か、軽い分類、椅子の魅力などを書いていきます。皆さんご存知かと思いますが、まず椅子の名称と分類に関しておさらいをしましょう。
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椅子の分類
日本語で「椅子」と言っても、実は形状によって名称が分かれているのです。知っていると調べやすかったりします。
チェア(Chair)
背もたれのある一人掛けの椅子。肘掛のあるものを「アームチェア」、バーで使用するような脚の長い背もたれのある椅子を「バーチェア」と呼びます。床との接地面が曲線でゆらゆらできるものは「ロッキングチェア」と言います。
スツール(Stool)
背もたれのない一人掛けの椅子。バーで使用するような、脚が長くて背もたれのない椅子を「バースツール」と呼びます。
ソファ(Sofa) / カウチ(Couch)
複数人で使用する長椅子。背もたれと肘掛があり、クッション性のある素材で作られています。厳密にはソファとカウチは別のものですが、国によって概念が変わるので、ここでは省きます。
ベンチ(Bench)
ソファと同じく、複数人で使用する長椅子です。「背もたれと肘掛があってクッション性のない素材で作られているもの」と「背もたれと肘掛がないもの」の2種類を指します。
オットマン(Ottoman)
チェアなどとセットになっている、脚を置くためのスツールみたいなやつ。特別ボーナスみたいな感じ。
大きな分類はこんな感じですね。使用シーンでの呼び方(ラウンジチェア、ダイニングチェア、ガーデンチェア)もありますし、素材や機能による呼び方(ラタンチェア、スタッキングチェア)もありますが、基本はこの5種類になると思います。
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機能と審美の融合
みなさんを含めて椅子を好きな人は多いですよね。クラマタ・ショックという言葉が残るほど世界に衝撃を与えたデザイナー倉俣史朗の「ミス・ブランチ」はその独創性と56脚しか製造されなかったこともあり、オークションでは1脚2,000~5,000万円にもなります。
椅子は数千円で購入できるものから数千万円になるものまで、幅広いです。見て楽しめて、座って楽しめる「椅子」というものには不思議な魅力があります。
世の中には椅子が山ほどありますから、新しくデザインする必要なんてありません。でも往往にしてプロダクトデザイナーは椅子をデザインしたくなるのです。
技術が成熟している現代においてコンピューターで制御したり電動で解決できることが大半です。腕時計で考えてみると、Apple Watchのようになんでもできる便利なスマートウォッチもありますが、針が動くアナログの腕時計にロマンを感じる人も多いはずです。機械でなんでも簡単に解決できてしまうからこそ、人はアナログで構成されているものに魅力を感じるのかもしれません。椅子にも電動のものがありますが、基本的にはアナログです。
しかも素材と構造が、耐荷重や座り心地に直接影響します。例えば、マルセル・ブロイヤーの代名詞「カンチレバー(キャンティレバー/片持ち式の構造)」は、片方を固定してもう片方は自由端にすることによって軽やかな外観と、柔軟な座り心地を得ることができます。
椅子は耐久性だけではなく、時にはスタッキングできたり、折りたためたり、具体的な機能を求められることもあります。しかもフォルムが美しく、部屋に置いた時にサマになる。人と建築をつなぐ存在でもあります。耐久性と機能性と審美性の極地が椅子なのだと思います。椅子凄い。
ちなみに私は椅子が好きすぎて、名作椅子をドットで作成するというプロジェクトを一人で行っています。
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リプロダクトという存在
リプロダクト品は、ジェネリックリプロダクトやジェネリック製品とも呼ばれており、昔にデザインされて意匠権が切れた製品を、他メーカーが同じフォルムで復刻・生産したものを指します。いわば合法的にパクれるわけです。
名作チェアは意匠権が切れると必ずと言っていいほどリプロダクトで発売されます。
メリットとしては有名なデザインの椅子を低価格で手に入れられることです。50万円のスワンチェアが5万円で手に入ったり、8万円のイームズシェルチェアが7000円で手に入ったりします。
ですが、安くするために工程を減らしていたり、素材を安いものにしていたりします。また、フォルムも微妙に変わるものもあります。
例背もたれと肘掛が一体の「Yチェア」を例に説明します。オリジナルであるカール・ハンセン&サンのYチェアの「背もたれと肘掛」は1本の木から作られており繋ぎ目がありません。しかし、リプロダクト品では「背もたれと肘掛」の木が途中で繋いであります。
オリジナルの椅子はデザイナーが誇りを持って妥協せずに作ったため、良い素材&手間のかかる工程で高額になってしまいます。一般的な基準からすれば高すぎるのです。購入して数年数十年使用して、他の椅子と比較してやっと気がつくことができる「価格に見合った価値」があります。しかしそれはオリジナルだけを見ていては気づくことは難しい。リプロダクトが出てきたからこそオリジナルの良さが際立つのです。オリジナルが高すぎると思ったら、まずはリプロダクト品から入ってみるのも良いでしょう。
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SPY×FAMILY
漫画「SPY×FAMILY」の表紙が名作椅子ばかりであることに気がついていたでしょうか。ネットでも度々話題に上がりますが、アニメのエンディングでも名作椅子が続々と出ているのです。SPY×FAMILYから椅子に興味を持った人も多いと思いますので、表紙の椅子についてそれぞれ紹介します。
1巻:LC2
主人公であるロイド・フォージャーが座っているこの椅子「LC2」はル・コルビジェ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンによって1928年にデザインされました。直線を基調としており、カッチリとした印象があります。スパイであるロイドの「仕事は確実にこなす」という性格を表しているようでもあります。
2巻:マシュマロソファ
テレパシーの使えるアーニャが座るのはジョージ・ネルソンが1956年にデザインした「マシュマロソファ」です。丸がいくつもリズミカルに並んでいるマシュマロソファは、明るくて予想外な行動をとる楽しいアーニャにふさわしい椅子だと言えます。
3巻:ラシェーズ
殺し屋で母親のヨルさんの椅子はチャールズ・イームズとレイ・イームズの夫婦によって1948年にデザインされました。夫婦によるデザインであり、しなやかなフォルムのラシェーズは、良い夫婦・良い母親になりたいと考えるヨルさんにピッタリだと思います。
4巻:ボールチェア
犬のボンドが座るのは、エーロ・アールニオが1966年に発表したボールチェアです。その名の通りボール状の椅子で、サイバーな印象も持ちつつ、座ると包まれるような守られるような感覚になります。誰にも気づかれずに家族を守っているボンドを表しているのかもしれません。
5巻:バルセロナチェア
ヨルさんの弟であるユーリが座っている「バルセロナチェア」はミース・ファン・デル・ローエによって1929年にデザインされました。ローマ時代の権力者が使ったX字の脚を持つ椅子を引用し、王族の権威を表すデザインになっています。権力側であるユーリを意識しているのかもしれません。
6巻:ハートコーンチェア
ロイドの同僚であるフィオナの椅子はヴェルナー・パントンが1959年に発表した「ハートコーンチェア」です。フィオナはロイドのことが好きであり、作中ではフィオナのアイデンティティになっています。そんなフィオナがハートコーンチェアとセットになるのは必然と言えるでしょう。
7巻:ウィロー1
ダミアンが座っているのは、チャールズ・レニー・マッキントッシュがデザインした「ウィロー1」。ダミアンは東国の政党である国家統一党総裁ドノバン・デズモンドの息子です。ウィローティールーム1階の支配人用としてデザインされたウィロー1は、クラスで支配を目指すダミアンにピッタリな椅子です。
8巻:イームズラウンジチェア&オットマン
情報屋でロイドに協力するフランキーは1956年にデザインされたイームズラウンジチェア&オットマンに座っています。デザインはしっかりしていますが、ラウンジチェアはリラックスする時に座る椅子です。しかも脚を乗せるオットマンまでついているということは、仕事をする気が全然ありません。仕事をする時はしっかりするけれど、常にリラックスしているフランキーっぽ良い椅子ですね。
9巻:ココナッツチェア
アーニャと仲の良いクラスメイト、ベッキーの座る椅子は1956年に発表されたココナッツチェアで、ジョージ・ネルソンのデザインです。そう、アーニャの座るマシュマロソファと同じデザイナーの椅子です。仲の良い二人が同じデザイナーの椅子に座るというのは意識されていますね。
作者の遠藤氏が「この漫画の世界は何となーく1960〜70年代くらいの時代を想定して描いているのですが」と発言していることを考えると、これからも1970年台以前の椅子がメインで出てくると考えられます。比較的大型の椅子であり、キャラに合わせて選んでいることを考えると、次の表紙に選ばれる椅子もある程度推測できるかもしませんね。
ちなみに私はイーデン校のヘンダーソン先生が表紙になる場合はアルネ・ヤコブセンの「エッグチェア」か、バウハウスで教官を努めたマルセル・ブロイヤーの「ワシリーチェア」だと予想しています。
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知っておきたいデザイナー10人
オススメしたいデザイナーは山ほどいるのですが、椅子入門としてまず知っておきたいデザイナーを10人(10組?)と、そのデザイナーの代表的な椅子を紹介します。他にも素晴らしいデザイナーは沢山いますので、調べてみてください。(誕生年順/敬称略)
ミヒャエル・トーネット(1796-1871/ドイツ)
・No.14/214/ベントウッドチェア(1859)
・No.18/ベントウッドラウンドバックチェア(1867)
ル・コルビュジエ(1887-1965/フランス)
・LC1/スリングチェア(1928)
・LC2/グランコンフォール(1928)
・LC4/シェーズロング(1928)
アルヴァ・アアルト(1898-1976/フィンランド)
・パイミオチェア(1930-1931)
・スツール60(1933)
・チェア66(1935)
アルネ・ヤコブセン(1902-1971/デンマーク)
・セブンチェア(1955)
・エッグチェア(1958)
・スワンチェア(1958)
チャールズ・イームズ(1907-1978/USA)
&レイ・イームズ(1912-1988/USA)
・LCW/Lounge Chair Wood(1945)
・イームズラウンジチェア&オットマン(1956)
・イームズシェルチェア(1958)
ジョージ・ネルソン(1908-1986/USA)
・プラットフォーム・ベンチ(1947)
・ココナッツチェア(1955)
・マシュマロソファ(1956)
ハンス・J・ウェグナー(1914-2007/デンマーク)
・ピーコックチェア/PP550(1947)
・ザ・チェア/PP-501(1949)
・Yチェア/CH24(1950)
柳宗理(1915-2011/日本)
・バタフライスツール(1954)
・エレファントスツール(1954)
・柳チェア(1972)
ヴェルナー・パントン(1926-1998/デンマーク)
・コーンチェア(1958)
・ハートコーンチェア(1959)
・パントンチェア(1967)
倉俣史朗(1934-1991/日本)
・硝子の椅子(1976)
・ハウ・ハイ・ザ・ムーン(1986)
・ミス・ブランチ(1988)
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知っておきたいメーカー10社
メーカーは製造を担っているので、デザインにとって非常に重要なのです。更に言えばデザイナーが指定したメーカーが作っているものがオリジナル(本家)です。オリジナルを製造しているメーカー10社と、そこが出している代表的な椅子を紹介します。リプロダクト品ではないオリジナルの椅子はお高いですが、やはり一生に一度は本物の椅子を手に入れてみたいですね。このメーカーも一部なので、調べてみてください。
Artek(アルテック/フィンランド)
1935年、アルヴァ・アアルトを含む4人によって「家具を販売するだけではなく、展示会や啓蒙活動によってモダニズム文化を促進すること」を目的に、フィンランドで設立されたブランドです。
・スツール60(アルヴァ・アアルト)
・ピルッカチェア(イルマリ・タピオヴァーラ)
・アスラックチェア(イルマリ・タピオヴァーラ)
Carl Hansen&Søn(カール・ハンセン&サン/デンマーク)
1908年に家具職人であるカール・ハンセンが小さな工房から始めたデンマークの家具メーカーです。妥協の無い高い技術とクラフトマンシップにこだわっています。
・Yチェア(ハンス・J・ウェグナー)
・シェルチェア(ハンス・J・ウェグナー)
・ハンツマンチェア(ボーエ・モーエンセン)
FRITZ HANSEN(フリッツ・ハンセン/デンマーク)
1872年にデンマークで創業し時代に左右されることなく、クラシックラインからコンテンポラリーラインまで、家具、照明、アクセサリー小物をひとつの世界観をもって表現しています。
・セブンチェア(アルネ・ヤコブセン)
・PK22(ポール・ケアホルム)
・PK80デイベッド(ポール・ケアホルム)
HAY(ヘイ/デンマーク)
ロルフ・ヘイが2002年にデンマークで設立したブランドです。「よいデザインはあらゆる人の権利である」という理念のもと、プロダクトだけでなく、ホテルやレストラン、教育施設など幅広く手がけています。
・リボルバー・バースツール(レオン・ランスマイヤー)
・パリセイドチェア(ロナン&エルワン・ブルレック兄弟)
・ソフトエッジ(イスコス・ベルリン)
Cassina(カッシーナ/イタリア)
1927年、カッシーナ兄弟によってイタリアで設立された後、クルーズ客船、高級ホテル、レストランへの家具の納入によって発展を遂げました。
・LC2(ル・コルビジェ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアン)
・ウィロー1(チャールズ・レニー・マッキントッシュ)
・ジグザグチェア(ヘリット・トーマス・リートフェルト)
Kartell(カルテル/イタリア)
1949年にジュリオ・カステッリによってイタリアで設立されました。プラスチックの加工技術を生かしてプラスチック製の家具づくりを開始、強度があるABSを開発しました。
・ルイゴースト(フィリップ・スタルク)
・マスターズ(フィリップ・スタルク)
・ストーン(マルセル・ワンダース)
Magis(マジス/イタリア)
1976年にユージニオ・ペラッツァよって北東イタリアに設立された家具・家庭用品ブランドです。
・チェアワン(コンスタンティン・グルチッチ)
・アルボンボ(ステファノ・ジョバンノーニ)
・ピーニャ(ハイメ・アジョン)
Vitra(ヴィトラ/スイス)
1950年にウィリー・フェルバウムとエリカ・フェルバウムによってスイスで創業した家具メーカーで、「私たちの日々の生活をより豊かなものにすること」を目標に製品を生み出し続けています。
・ベルヴィル アームチェア(ロナン&エルワン・ブルレック兄弟)
・パントンチェア(ヴェルナー・パントン)
・スタンダードチェア(ジャン・プルーヴェ)
HermanMiller(ハーマンミラー/USA)
1905年に創業されました。20年間ジョージ・ネルソンがデザイン部長を勤め、イームズ夫妻の才能を見出し、デザイナーとして起用されたことでも知られます。
・イームズシェルチェア(チャールズ&レイ・イームズ夫妻)
・アーロンチェア(ビル・スタンフ&ドン・チャドウィック)
・イームズウォールナットスツール(チャールズ&レイ・イームズ夫妻)
天童木工(てんどうもっこう/日本)
1940年に天童町の大工・建具・指物の業者が集まり、天童木工家具建具工業組合を結成したことが始まりです。日本の木製家具メーカーとして初めて成形合板技術を実用化したことでも知られます。
・バタフライスツール(柳宗理)
・低座イス(長大作)
・スポークチェア(豊口克平)
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いかがでしたでしょうか。椅子の世界は深くて楽しいですね。ここに記載した内容はごくごく一部です。これをきっかけに色々と調べてみてください。
そして、これを読んだ人はデザイン探偵候補生だと思っています。みんなでデザイン探偵事務所をオープンさせましょう。
ではー。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。コメントもすべて読ませていただいています……!