パソコンでの思考 vs 手書きでの思考
デザイナーのつぼたです。私はデザインのアイデア出しをする際、手にペンを持ち、紙に実際に文字やスケッチを描いて考えます。パソコンでアイデア出しをする場合と、紙に書いてアイデア出しをする場合では脳の働きが違うと考えているため「アイデア出しをパソコンでするのはオススメしない」と言ってきました。
自分の経験を元に、特にエビデンスもなく話していましたが、根拠を明確にせず情報を伝えるのは良くないなと感じ、色々と調べてみました。大まかに記述するので、気になるものがあれば調べてみてください。
01、記憶と理解は手書きがベスト
1つ目は、プリンストン大学のパム・ミュラー(Pam Mueller)教授、カリフォルニア大学のダニエル・オッペンハイマー(Daniel Oppenheimer)教授が2014年に発表した論文です。
TEDの講演映像を見て「パソコンで記録するグループ」「手書きで記録するグループ」に分けて「記憶・理解にどれほどの差異が出るか」という実験が行われました。実験が行われましたが、結果として、パソコンのグループよりも手書きのグループの方が、記憶に関しても理解に関しても高い点数でした。
2016年のプリンストン大学とカリフォルニア大学の研究では「手書きのメモ」では1分で22語を書き残せていたのに対して、「PCでメモ」をした場合は33語を記録できたそうです。メモ直後のテストではPCでメモした場合の方が高い点数でしたが、23時間後以降のテストでは手書きの方が点数が高かいという結果でした。メモの量と直後のテストではPCでメモした方が上回っていましたが、記憶の定着という意味では手書きの方が効果があるようでした。
02、キーボードで文字を打つ=選択しているだけ
教育心理学者であるワシントン大学のバージニア・バーニンガー(Virginia Berninger)教授が中心となって、小学校2年生、4年生、6年生の児童を対象に「ペンとキーボードを使って、アルファベット、文章、作文を書く能力」を調べました。
結論を先に書いてしまうと、子どもたちは作文を書く時、パソコンで書くよりもペンで書いたほうがより多く、より速く書くことができました。
アルファベットを書くときだけは、キーボードのほうがペンよりも優れていました。しかしペンを使った場合、すべての学年の子どもたちは、より長い文章を、より速いペースで作成しました。また、4年生と6年生では、ペンを使った方がより完全な文章を書くことができました。
とライターのジョエル・シュワルツ氏は述べています。
03、IT機器では脳の動きが異なる
カーリン・ジェームズ(Karin H. James)氏と、ローラ・エンゲルハルト(Laura Engelhardt)氏による2014年の研究において、手書きしている時に、タイピングしているときには働いていなかった前頭葉の下前頭回という部分が働いていることがMRIによってわかりました。
また、東北大学加齢医学研究所所長の川島隆太氏によると、IT機器やデバイスを使用した時は前頭前野が活発に働かないことがわかったそうです。
コミュニケーションをする際、直接人と会って話した場合は前頭前野が適切に働いていました。しかし、同じ相手でも電話やズームのようなテレビ電話システムで話した場合、前頭前野が働きませんでした。
これは皆が感覚的に「違う」と気がついているのではないかと思います。オンライン飲み会をしたりする際「会って一緒に飲みたい」と感じる人が多いです。複数でオンライン飲み会は大変だという人もいるでしょう。回線が遅いという人もいるでしょう。ではサシ飲みで、回線に問題がなくなったとしても、やはり「会いたい」と思うでしょう。
コミュニケーションだけではなくスマホやパソコンを使用して文章を書く場合も、紙の辞書ではなくスマホを使って調べた時も同様の反応でした。前頭前野は、考えたり、記憶したり行動や感情をコントロールするなど様々な機能を担っています。
これは言い換えるとデジタルとアナログの違いとも言えると思います。電子書籍と紙の本で記憶の仕方が異なるという話もあります。また現在、アナログブームだと言われています。デジタルで何でも便利にできるにも関わらず、わざわざレコードやドリップコーヒーなど手間のかかるものに惹かれています。おそらく「体験価値」に紐づいている価値観だと言えますが、根本の部分でデジタル機器を使う場合とアナログ機器を使う場合で、脳の働き方が違うのではないかと考えられます。
04、脳への刺激の大小
脳科学教育研究所所長の桑原清四郎さんはこう語ります。
また桑原清四郎さんは、「書く行為」は指先を繊細に動かすという点で脳への刺激になり、指先に繊細な命令をする必要がない「キー入力」と比べて脳が集中した状態になると提言しています。
また脳に関して海外の研究でこのようなことも言われています。
05、まとめ
紹介した実験は文字に関する内容が多いですが、実験結果から手書きとパソコンの違いは大きく3つあることが分かります。
1つ目は「感覚の違い」です。指先というのは神経が集中しており、触感や手触りが与える影響は少なくありません。また細かい作業を指先で行うことで脳への刺激になります。文字を書く際「どんな字だっけ?」と思いながら書き始めても、途中まで書くと自動的にペンが動くことってありますよね。手書きをせずキー入力になったことで漢字を思いだせなくなっている人も増えていることからも脳の働きに影響を与えていることは明確です。
2つ目は「IT機器とアナログの違い」です。IT機器で前頭前野が動かないという研究結果を紹介しましたが、様々な発想を求められるデザインにおいて、前頭前野を使ってアイデア出しをする場合と、使わずにアイデア出しをする場合では質に差が出るでしょう。
そして3つ目が「自由度の違い」、つまり「選択する」か「創造する」かです。手描きをせずにIllustrator上でアイデアを出す際、アイデアの質を手描きと同じレベルまで引き上げるためには「そのソフトでの選択肢をどれだけ増やせるか(Illustratorをどれだけ使いこなせるか)」が重要になってきます。ソフトをそれほど使いこなせない人がそのソフト上で物事を考えるというのは、アイデアの質・幅の両方のレベルと落としてしまうと考えられます。
脳科学者の茂木健一郎さんが、織咲誠さんの「コンピュータは不純物やノイズをまず受け付けませんがハプティックな情報は不純物やノイズの塊のような気がします」というコメントに対して、このようなことをおっしゃっていました。
この「ノイズがクリエイティブにつながる」という発想はノートの上や、手書き文字・手描きの図形の歪みも含まれると思います。デザインというのは「無関係のものをつなぎ合わせられる能力」も大切なので、この雑多さなども重要になってきます。
これらのことを考えると自由度・脳の働きでは
マウス(パソコン) < ペンタブ < ペン
だと言えそうです。
私は無意識ではありますが「手描き=構造」、「パソコン作業=意匠」というように作業を分けています。(構造と意匠に関してはブログの「デザインとは:1(思考編) #5、アウトプットされたデザインの分析」を読んで以てください)。
おそらくペンタブを使ったアイデア出しなどでは手描きに近い思考になるでしょうが、IT機器で前頭前野が働かないことを踏まえると、現状では手描きに勝るものはないと言えるでしょう。
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SPOT DESIGN 坪田将知
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