専門性を高めて高度なサポートを実現。足下から選手を支援する縁の下の力持ち インソールでスポーツを支える
田中宏典 株式会社京都スポーツ装具研究所代表 義肢装具士
今回は京都スポーツ装具研究所 代表取締役の田中宏典先生に登場いただきます。
装具士として仕事を始めたときには、スポーツ医学検定の顧問でもある山﨑哲也先生(横浜南共済病院・スポーツ整形外科部長・横浜DeNAベイスターズチームドクター)とともにお仕事をされていました。
今では関西を中心に、スポーツを専門にした装具、特にインソールに力を入れて選手たちをサポートされています。日常接する機会が少ない、装具士、スポーツ装具という世界について田中先生にお話をうかがいました。
――現在、京都でスポーツ装具士として活躍されていらっしゃる田中先生ですが、義肢装具士を志したきっかけはあるのでしょうか。
田中宏典(以下田中):最初は高校3年生の進路を決めるときでした。もともと人の役に立つ、人のためになるような仕事がしたいと思っていました。それで医療系の仕事をしようと、理学療法士の先生に会いに行ったり、放射線技師さんの話を聞いたり、さまざまなメディカルの専門学校の説明会にもいきました。
そのなかでみつけたのが「義肢装具士」でした。義手、義足というものは、それを必要としている人にとっては必要不可欠なものです。自分がやっていることが、絶対に必要としている人の助けになる。そういうところに惹かれて、装具士になる学校に行くことを決めました。
その後、国家試験も通って希望の会社に就職もできました。私が務めた会社は、装具外来として週に1~2回病院を回ります。そのなかで、ドクターからオーダーがあって身体を測ったり足の型をとったり、装具依頼を受けていました。
当初は義足を作る仕事をしたかったのですが、実際には義足の需要は結構少なかったですし、先人の方々で仕事が埋まってしまっていたというか……。なかなか義肢装具士として義足に関わることができませんでした。
そのような状況ではありましたが、横浜南共済病院の山﨑哲也先生との出会いがその後の私に大きなきっかけとなりました。当時から、山﨑先生のもとには本当に多くのスポーツ選手が来られていました。そこで私も多くのスポーツ選手と関わることができたのです。
そうした経験を通して、もともと私もスポーツが好きでしたから、スポーツ装具、そのなかでもインソールを中心とした足のスポーツ装具の専門家になろうと思ったのです。
――山崎先生との出会いが方向性を変えたのですね。では、田中先生ご自身とのスポーツとの関わりを教えてください。
田中:スポーツは、小学生の頃に水泳を少し。中学に入ってからはバスケットボール部に入部しました。当時は軽い気持ちというか、『SLAM DUNK(スラムダンク)』(井上雄彦作)の漫画の影響も大きかったのと、私たちが一期生で先輩がいないというのも決め手でした。
とはいえ、当時の顧問の先生がすごく熱心で、それこそ土・日も練習するような運動づけの日々でした。努力の甲斐もあって、中学2年生のときには京都府大会で2位になることができました。
3年生でも、と思っていましたが、最後の年はベスト16止まりでした。その原因のひとつに、主力選手の腰のケガがありました。当時はよくわかりませんでしたが、今思えば腰椎分離症だったんだと思います。今なら分離症用硬性コルセットなどを使うといった対処法があったかもしれませんが、当時はわかりません。その経験もあって、装具士というものに興味をもったのかもしれませんね。
高校生のときにはそこまでスポーツに取り組んでいませんでしたが、専門学校に入ってからまたバスケットボールを続けて、社会人チームでも3年間プレーしていました。
――そういったスポーツとの関わりもあり、スポーツ装具を専門にされた、京都スポーツ装具研究所を立ち上げられました。京都スポーツ装具研究所では特にインソール製作を専門とされていますね。
田中:はい。どんなスポーツも基本は足。特に足は荷重関節ですから、どんなにケガをしていても、どんな故障をしていたとしても、他の場所と違い、負担がかかり続けてしまいます。そのなかで、バランスを整えて痛みを取ってあげることができる。それがインソールという装具なのです。
インソールというと、足だけをサポートするような印象があると思いますが、違います。足だけではなく、膝や体幹、肩甲骨など全身のバランスを見て、どういうインソールで足をサポートしてあげれば身体のバランスが良くなるのか、パフォーマンスが良くなるのかを診て、患者さんのフィードバックをいただきながら、その方に合ったインソールを作り上げていきます。
――なるほど。具体的にどのようにして治療用のインソールを作成するのですか。
田中:まずはテーピングなどを使って、足を良い形、位置に調整して型を取ります。ここで注意しなければならないのは、悪い形で型を取っても仕方がないということです。
たとえば扁平足の人が、そのままの状態の型を取っても扁平足の形の型ができあがるだけです。扁平足を治すためのインソールを作りたいのに、扁平足の型を作っても意味がありませんよね。そうではなく、土踏まずの部分がきちんとアーチを描いた状態の足を作って型を取ることで、足にアーチを作るインソールができあがるわけです。
そうして取った足の型の上に、熱して柔らかくした樹脂などの材料を乗せたあと、真空にしてギュッと材料を型に押さえつけることで精巧な足形を作り上げます。この真空成型によって、ミリ単位でピッタリと合うインソールを作ることができるのです。
そして土台となる足型ができたら、そこに仮縫いの状態まで作ります。その仮縫いのインソールを患者さんに使ってもらい、再度ミリ単位の調整を行います。このときも単に合わせるだけではなく、足を動かしたり運動したりしながら合わせてもらいます。角度や厚みといった形だけの調整ではなく、素材の硬さ柔らかさの調整も行います。そうしてようやくインソールができあがります。
――非常に繊細な作業の繰り返しなのですね。また、それがプロ・スポーツ選手など、トップレベルの選手であれば細かい調整が多くなりそうですね。
田中:そうですね。やはりトップ選手になればなるほど感覚は細かくなっていきますから、調整も細部に渡りますね。症状をうかがっていて、私たちが硬い素材のインソールのほうが良いと思っていても、選手からすれば柔らかいほうが良い、という場合もあります。ですから選手からのフィードバックはインソール製作のうえで最も大事にしています。
たとえば、ラグビー選手のインソールを作ったときのことです。スポーツ特性としては、しっかりと硬いインソールでサポートしたほうが良いと思っていたのですが、結構柔らかいインソールを好む選手のほうが多いのです。
――そういった選手の要望に応えられる、インソールの素材集めも大変ですね。
田中:さまざまなメーカーのものや、海外のものも含めて、興味のあるものがあったら持ち帰ってどんどん試すようにしています。
――スポーツによるインソールの特性や特徴などはありますか。
田中:材料もそうですが、作り方を選手の特性によって変えています。
たとえばピッチャーだと、やはり軸足のコントロールをしたいという希望があります。なので、ピッチング動作をしてもらって細かい調整をしていきます。陸上競技選手だと、とことん走ってもらって、その動きを見て微調整を繰り返していきます。
そして、製作も大事ですけど、完成してからのアフターフォローもすごく大事です。病院やクリニックなどで調整するには、やはり限界があるんです。やはり実際にそのスポーツに復帰してから、インソールもそれに合わせて調整していきます。やはり、パフォーマンスが良くなるにつれて、インソールの調整も必要になります。
たとえばですが、まずは1カ月や2カ月、休んでいる選手に合わせてインソールを作ります。選手たちの筋力などが落ちている状態の足の形ですね。そのインソールによって調整されてパフォーマンスが上がったり、筋力が戻ってくると、当然復帰直後に製作したインソールは合わなくなります。なので、選手の成長や復帰の課程に合わせて、どんどん調整して合わせていかなければなりません。ですから装具士として、アフターフォローは本当に大切な仕事なのです。
そのなかで、整形外科の医師や理学療法士の先生方との連携も非常に重要です。先生方に私が伝えているのは「少しでも違和感があったら教えてください」ということです。
「少し違和感があるけど、まあまあ良い感じです」と言われたとき、じゃあ修正してみようとインソールを少し調整するだけで「こっちのほうが全然、楽です」となることはよくあります。このほんの少しの違和感をなくすのが、私の仕事ですから。
あとは痛みも同じです。たとえば、ある患者さんのインソールを作ったあと、先生に「その後どうですか?」と聞いたとき、「まあまあ痛みは軽減してきていますね」という言葉が返ってくるとします。『まあまあ』ということは、完全ではありませんよね。「もし、まあまあならもう一度みせてください」とお願いして、インソールを再調整する。すると、やはり先にお話したとおり「あ、こっちのほうが良くなりました」ということがあるのです。
私のインソールは完全オーダーメイドで作っていますから、そういう微調整はすぐにできるのです。だから、そういった少しの違和感をなくすための微調整は惜しみません。まあ、ちょっとした執念みたいなところはあるかもしれませんね(笑)。
――非常に難しい作業の連続ですね。大変なお仕事だと思われますが、やりがいはどんなところに感じられていますか。
田中:今回質問をいただいてふと思い出したのは、まだ装具士として仕事を始めて数年目だった頃の話です。
プロゴルファーの方だったのですが、足が痛くて思うようなプレーができず、引退を考えていらっしゃいました。症状から、中足骨骨頭痛だったかと思います。
そのときのインソールは除圧を中心に、踵骨をニュートラルにしてバランスを取って足への圧をうまく取り除くように調整を続けていきました。そのインソールを使うことで、その選手は引退せず、プレーを続けてくれました。
「インソールをつけることで引退せず、現役を継続することができました。ありがとうございます」と言ってもらえたのです。それは最高にうれしい瞬間でしたね。
――それはうれしいですね。インソール以外には、どのような装具を扱われているのですか。
田中:さまざまな装具を扱っていますよ。インソールだけではなく、分離症用の体幹コルセット、手の骨折用、指の骨折用もあります。あとは、手術後の装具ですね。捻挫、頚椎装具など、もちろん装具全般です。そのなかでも、私にとって最も個性を出せる、最も繊細な装具が、インソールだったということです。
それにスポーツ選手だけではなく、インソールは多くの人に必要とされています。スポーツに慣れ親しんでいない人たちも、生活を快適にするためにインソールで調整すると身体が楽になることもあります。選手だった人が引退したあとに年齢を重ね、40代や50代になった方々、ケガや故障でスポーツを諦めなければならなかった方々が、装具によってまたスポーツを楽しめるようになるとうれしいですよね。
よくあるのは、学生時代にスポーツをしていて、仕事が忙しいとか、子育てが忙しいとかでスポーツができなかった人が、いろいろ一段落したときに学生時代と同じ感覚でスポーツをしてしまい、故障やケガをしてしまうケース。そういうときに多いのが、足や膝が痛いという症状です。
そうなったときに、もう無理だから辞めよう、ではなく、適切な治療して、それこそインソールでサポートすれば痛みが軽減してまたスポーツをすることができるかもしれない。装具は、そういうサポートもできるはずなのです。
――プロやトップアスリート、そして一般のスポーツ愛好家まで、幅広く運動することをサポートする装具という世界は興味深いですね。
田中:私は「スポーツ装具」という名前のついた会社を興しました。こういう専門性を追究することで、ひとりでも多くの患者さんを復帰させて、痛みなく、そのスポーツ人生を歩んでほしいですね。
それと、今後は後進の育成というか、人材育成などにも取り組んでいきたいと考えています。会社名にスポーツという言葉を使った会社は数社ありますが、私が創業した当時は初めてでした。今ではこの社名を見て、スポーツ装具に取り組みたいといって入社してくれる人もいます。それはうれしいことですよ。
ただ、本当のところは、予防などがしっかり行えるようになって、もう装具を作らなくていい、私の仕事がなくってしまうくらいの状態が理想なのかもしれませんね。
――そうなのかもしれませんね。理想の実現に向けて、これからもスポーツ選手だけではなく、多くの方の足の悩みを解決していただきたいと思っています。最後になりますが、田中先生もMedical Advisory Boardのひとりとして携わってくださっているスポーツ医学検定に期待すること、実現していきたいことを教えてください。
田中:やはりこういう検定やテストを行うことによって、正しい理解、正しい知識が普及していけばケガや故障も減っていくと思います。
スポーツ医学検定は、単純に解剖学や運動学などのスポーツの動作に直結するような学問だけではなく、栄養学も入ります。たとえば、スポーツをやっている子どもの保護者の方々がスポーツ医学検定で勉強して知識を得られれば、食事の面でもお子さんをサポートすることができます。コンディショニングについても、家でサポートすることができれば、きっと故障やケガは今よりももっと減ると思います。
それから、同じケガを繰り返してしまい、結果的に上を目指すことを諦めなければならない選手もいます。どんなに正しい知識、正しい治療をしたとしても、どうしても対処できないケガももちろんあります。ですが、間違った知識や思い込みなどで無理をしてしまい、また同じケガをしてしまうケースだってあります。そういった同じケガを繰り返さないためにも、正しい知識をもたなければなりません。
さまざまなスポーツ選手に関わらせていただくなかで、やはりプロで活躍されているような選手たちは、本当に勉強しています。よく身体のこと、治療のことを知っています。だからこそ高いパフォーマンスを出し続けられるのです。
このスポーツ医学検定を通じて、そういった選手がもっと増えてほしい。選手たちの知的好奇心に火をつけるようなきっかけにスポーツ医学検定がなれたら、最高ですよね。
<編集後記>
義肢装具士とは普段は聞き慣れない職業かもしれませんが、義足や義手を必要とする人たちだけではなく、スポーツ選手にとって必要不可欠な存在なのだと感じました。ほんの小さな石ころひとつ挟まるだけで違和感を感じるほど、敏感で繊細なのが足の裏。そんな部位をサポートする田中先生の作られているインソールは、ミリ単位で自分の足にフィットし、パフォーマンスを正常化させてくれる。まさに縁の下の力持ちだと感じました。今は関西圏を中心にご活躍されていますが、ぜひとも今後は日本全国の選手たちを装具でサポートしていってほしいと願います。
(インタビュー・文:田坂友暁、編集:田口久美子)
◇プロフィール◇
田中宏典(たなか・ひろのり)
京都府京都市出身
株式会社 京都スポーツ装具研究所 代表取締役
義肢装具士 柔道整復師
現在 京都産業大学 男子 ソフトボール部 チームトレーナーを務める
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