遠山正道著『スープで、いきます』言葉拾い
スープ・ストック・トーキョー(以下SST)は99年に第一号店がオープンした、スープ専門店。僕も"友人"が勤めているため幾度となく食べてきたが、初めて食べたときは目からうろこが落ちた。食事の味も去ることながら、店内の雰囲気がたいへん良い。若い女性が一人で入れるお店というのも頷(うなず)ける。
本著はSSTの創業者である著者が2007年に発行した、自伝と仕事哲学の要素を半々にしたような本。こんなに面白く素敵な事業を立ち上げる人は、どのように仕事に向き合ってきたのか。知りたくなって購入した。
年齢は、四捨五入ではなく三捨四入
三十代を名乗って良いのは三十三歳まで。三十代のうちにやりたいことがあるのなら三十三歳までにやらなければ、「三十代でやり遂げた」とは認識されない。分かる気がする。重い。時間がない。
企画書は、もう既にそれが存在しているかのようなスタイルで書きました
この企画書の書かれ方がとても面白い。この企画を通すことでどのような社会貢献ができるのか、の具体的な像が見えやすい。企画書を書いているうちに本人の中にもそれが組みあがっていく様がうかがえる。全文が本著の序盤に転載されているというのも衝撃的。
最終的には実現できなかった要素もいくつもある。しかし目指す形を明文化することで企画の妄想を膨らませ、実現させようと進めるというプロセスは見習うべきだと感じた。
エンプロイー・サティスファクション
かつて読んだ日野瑛太郎著『はい。作り笑顔ですが、これでも精いっぱい仕事しています。』の中でも従業員第一主義という言葉を拾った。同じ考え方だと思う。SSTのホームページからは上手く見つけられなかったから、オフィシャルに対外的に謳っているわけではないかも知れない。
無心に作業を重ねていったときや、嫌いだった一枚を無理やり合わせてみたときに、アレッと声を出したくなるようないいものが出来たりします。
著者は、タイルに抽象画を描き、それを組み合わせて美術作品を制作する芸術活動に取り組んでいる。その中で大切にしているやり方。狙って描くのでは狙い=自分の想像を超えるものへは到達できない。
著者曰くこれを抜け感と呼ぶ。抜け感と言えば僕の印象に残っているのは振付師のAkaneさんがセブンルールで挙げていた。Akaneさんが意味した抜け感とはニュアンスが違うように感じる。
公私同根
ワーク・ライフ・バランスとよく言われるが、著者の考え方としては、ある人のワークもライフも司るのは同じ人。ワークとライフ、両者に向けてのエネルギーの出どころや、両者を通して得られる悦びを体感するのは、同じ一人の人間である。
社内ベンチャーとして"公"であるSSTを立ち上げるにあたり、著者は発起人としての"私"の想いを相当量 注ぎこんできた。公私混同と言われたこともあるが、そもそも公私同根である。自分の人生を重ねて取り組む姿勢は否定されるべきではない。特に起業や企画、制作というような職種で"公"を送るシーンにおいてはこの精神は大切だと思った。
ちなみに公私同根で検索したら著者orSST関連のウェブばかり見つかった。既存の言葉ではなく著者オリジナルの表現だ、と僕は認識した。
価格設定をシンプルにした
僕がSSTについて本当に尊敬するところのひとつ。原価費から丁寧に調整している結果だと察する。価格を気にして商品を選ぶストレスから解放されることがこんなにも幸せだとは。
店舗毎個別販売促進計画(BSP : BY STORE SALES PROMOTION)
本部発信で販促企画を打ち出すのではなく、店舗主体で販促を考案して実現していくというやりかた、と理解した。フランチャイズのコンビニでも書籍や酒類が整っている店舗がたまにあるけど、こういうことなのかな。ただこのキーフレーズでウェブ検索してもそれっぽい情報は引っかからなかった。
SSTはハイセンスなブランド観を維持するために、店舗に権限は持たせない、と僕は想像していた。けどあるらしい。現場としてはオリジナリティ溢れる販促企画をやりたいだろうから、ブランド観さえ崩れなければ良いものだと僕は思った。
そういえばカレーの日の飾りつけは店長が考えてやってたなあ。
「恋愛型」新卒採用
新卒と企業の相思相愛を目指す、スマイルズならではの採用方式。お互い素を見せ合うことで本質レベルでの相互理解を目指す。ネガティブなところも見せ合わないと、相手の良いところ像だけが高まったうえで雇用が決まってから「思っていたのと違う」が発生したらお互い不幸になってしまうから。
素晴らしいと思った。雇用って本来こういう姿で行われるべきなのではとさえ感じる。しかし、そうはいかない悲しい現実が世の中多くの企業にあると思う。
相手の素を見抜くために、会社説明会は社員2名vs就活生6名で2時間かけて行うらしい。なんと密度の濃い就活だろう...。
最初に、自分たちから世の中に球を投げる
世の中に求められているものを創っていくのではなく、自分たちが世に届けたいものを創って、世に示していくスタンスを大切にせよという教え。そのときに創るものの作品性を重視し徹底的に磨き、守れということも言っている。
★全体を通して★
うーん、パワフル。前に読んだ感情労働とはまったく趣きが違う。仕事、自己実現に対する積極さが全然違う。なにせ超大手商社から新規事業を立ち上げ独立、しかもその事業内容が「安かろう悪かろう」の外食産業に一矢報いるかのような高品質・高単価路線で、しかもスープ。主食なのか?と叩かれて当然にも思える"ニッチ"さの事業に対し、ストーリー性を徹底的に作り上げて売り込んでいく。能力の塊が作り出した魅力の塊のようなお店の話、ドキドキハラハラしながらも楽しく読めました。
著者のパワフルさは経営手法にも出ていて、徹夜や社員旅行などと言った、感情労働の著者が目にしたらドン引き間違いなしなパワーワードがたびたび出てくる。この経営手法は著者の事業への強い想いに起因している。周りのメンバーはこの経営手法に納得しているようで、このような「同じ目的に突き進むメンバー」を獲得できた背景に「恋愛型」新卒採用想いの思想があると考えられる。新卒じゃないにしても、SSTに合流するメンバーたちに著者はこの思想で接してきただろう。
結果的に、経営層の目指すSSTの姿、及びそれに向けての努力の激しさ(いかに仕事に打ち込めるか)が統一された、そんな組織になっていったのだと思う。そして、本人たちが納得しているならばこのこと自体は悪くないと思う。
これからは自己実現型の働き方も重要視される時代だろう。もちろんそこにパワハラがあってはいけないし、感情労働性はなるべく少ないほうが望ましい。
徹夜や社員旅行というパワーワードに前時代の香りが残るのは否定できないだろうが、メンバーたちは自己実現できている(はずだ)し、なにより店舗の在り方はとても現代的。SSTがやってきていることは否定できない素晴らしいことだと考える。それに、僕自身もどちらかと言えば自己実現できる仕事に身を置きたいと考えるようになった。
その上で泥臭く働くかどうかは、また別の話である。
きょう久しぶりに食べた。茄子と鶏肉のスパイシーカレーと東京ボルシチ。本当においしかった。これからもまだまだお世話になるでしょう。娘の離乳食的立ち位置にも期待したい。