世界のほとんどが、実は自分の知らないことで創られている
僕は霊感犬ポチ。
僕は、人には見えない世界が見えて、かつ人間ウォッチングが好きな、ちょっと変わった犬だ。
そして、今日も、こうやって人間ウォッチングをしていると、ふとしたことに気付かされる。
それは、人間は、ある程度の年齢が行くと、自分が世界の全てを知っているかのような気分になるという事だ。
若者が、年上の人達と飲みに行きたくないっていうのは、このせいだ。
「人生ってのはな…」って言われたって、この人達は、自分が経験してきたことを通じて学んだこと以上のことは、語れない。
また、僕たちの世界の話をしたところで、こういう人たちは、相手の話を自分たちの経験則に当てはめて、話をするから、余計、辛い。
つまり、こっちの話を聞いていないってことだ。
僕たちが、自分とは異なった世界に生きていることに気付けないんだ。
なぜなら、相手が自分と同じ日本人の形をしているから、自分と同じ考え、経験をしていると思ってしまうからだ。
でも、同じ世界にいるのは、触れ合っているほんの一部分だけで、その他は、全く知らないワールドで生きている。
相手が朝、何時に起きて、そこからどんな準備をして、どんな朝食を食べ、家を出てくるのか。
どんな家に住んでいて、家から駅までの道のりは、どんな風なのか。
自分と会っている時以外、どんな人と会っているのか。
どんなことをしているのか etc.
どれ1つとっても、きちんと把握できていることはない。
でも、こういう自分の知らない多くのことで、この世界は構成されている。
僕は、そんな風に思うんだ。