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鍼灸院に行ったらアポトキシンを飲まされた状態になった話

美容鍼に行ってきたのである。

きっかけは、友達に見せられた写真だ。

iphoneの画面に写った友達の顔には、剣山のように緑色の棒が大量に突き立っていた。見た瞬間に以前twitterで見た「ヤマアラシを食べようとして反撃にあったアナコンダ」を思い出した私の前で、その友人は言った。

「すっごいよかった~~~!」

顔中に何かが突き刺さった状態を、友人は「すごく良い」と評したのである。

仏教に針山地獄というのがあるが、あれは「生前エロいことをしまくった人がいく地獄」にあるらしい。しかも生まれ変わるのに100兆年以上、そこで過ごさなければならないらしい。

仏教の針山地獄は鋭い刀が木のように生えた山らしいので正確には針ではないのだけど、それでも「針山地獄を喜ぶ友人」を想像してしまうほどには、その写真は強烈なインパクトがあった。

そして、3週間後、私は好奇心にそそのかされて鍼灸院の扉を押していたのだった。


受付でおねえさんに問診票を渡された。気になっている症状に丸をつけろ、と言われたので正直に答えた。


おねえさん「あの……悪いところに全部丸がついてるのですが…」

私「あ、全部悪いです」

おねえさんは、少し口元を曲げてからお辞儀をして、受付へ帰っていった。


待つことしばらく、白衣みたいな説得力のある白い服を着たおにいさんが来た。鍼灸というから仙人的なのを想像していたのに、スポーツトレーナーみたいな人が来てしまった。麻布とかで芸能人相手に自重トレーニングを教えてそうな見た目だ。

その麻布おにいさんにみちびかれて、細い迷路のような廊下の奥にある一室に私はいた。

部屋の中は、私の胸ほどまである高い大きなベッドが真ん中にあり、それを謎の機械が取り囲んでいた。

「はい、じゃあガウンに着替えてここに寝っ転がってください~」

おにいさんに言われるがまま、バスタオルみたいなガウンに着替えてベッドによじ登った。

しばらくすると、緑色の小さな棒がいっぱい載ったカートを引いたお兄さんが戻ってきた。

「はい、それでは針を刺していきます~。全部悪い フフッ とのことでしたので、全身に刺していきますね~」

おにいさんは口を曲げることなく笑っていた。正直な人だ。

「はい、じゃあチクッとします~」

「ちょっとその前にそれよく見せてもらっていいですか」

おにいさんが私の腕になにかを当てた瞬間、私は反射的に上体を起こして身を乗り出していた。刺されれば全容は見えない、「鍼」なるものを観察できるのはこれが最後のチャンスだと思った。私は異常に腹筋が強く本当に一瞬で上体を起こせるので、隙を突かれたおにいさんは小さくアッと悲鳴をもらし、未知の怪物を前にしたように恐る恐る鍼を差し出した。

鍼は直径4mmほどの緑色のゴム製チューブに入っており、先端の逆には押し込むためのつまみがあった。シリンダーのような構造だ。一見太く見えるが、収納されている鍼本体は相当に細い。細すぎてゴム越しには見えない。

存分に鍼を眺めまわした後、私は鷹揚に「お願いします」と頷いた。おにいさんは、「痛くしませんから」、とおびえたような顔で言った。

まずは腕からだ。針を刺される瞬間、チクっという小さな痛みが走る。注射ほどではないし、注射のように痛みが持続しない。髪の毛を1本つまんでギュッと引っ張った時のような痛みだ。

これなら楽勝じゃん。

腕が終わり、足に移った。

ふくらはぎの横を刺された瞬間、肩に鋭い痛みが走った。

「先生、肩が痛いのですが」

「神経が繋がってるんで、悪いとこまで響いてますね~」

「ふくらはぎと肩ってつながるものですか」

「おそらく体のバランスが崩れていて、肩こりの原因が足にあるんだと思います~」

「足……」

足…… 足…… と壊れたラジオのようにつぶやく私をよそに、おにいさんは淡々と鍼を刺していった。その後も身体のいろんな場所を刺されるたびに肩が痛んで、そのたびに私が「腰…」「指…」と刺された場所をつぶやき、おにいさんは優しく「そうですね、腰ですね」と、魔物をなだめるように返してくれた。

ついに顔である。

顔に針を刺す。常軌を逸した発想である。気になる。見てみたい。私の顔に針が突き刺さる瞬間を感じたい。

刺される瞬間をこの目で見ようと必死に目をぎょろぎょろさせていたら、「力まないでください」とおにいさんに強めに言われた。おにいさんに叱られた私はシュンとなって、おとなしくぼおっと天井を見ることにした。

魔物の扱いになれたおにいさんは、淡々と10秒に1本ぐらいのペースで顔に鍼を刺していった。胴体に比べると、皮膚が薄いからか痛みは強い。しかし、耐えられないほどではなかった。刺された瞬間にそのあたりがじんわりとあたたまる。ぬるく温かい膜が張るような感じだ。

10分ほどで、顔面鍼刺しの時間が終わった。

意外とあっけないものだな、とぼんやり宙を見ていたら、照明が揺れている。

地震か? と思ったが、だったら体にも振動を感じるはずだ。体は微動だにしていない。

わかった、これは、私の眼球が揺れている!

しかも、なんか水滴みたいなのが見える。飛蚊症じゃなくて、本当にところどころ水が滲んだみたいになっているのだ。iphoneで雨の中写真を撮ったみたいな視界になっている。

事前説明は受けたけど、内出血とかは言われたけど、「目が濡れたカメラみたいになって揺れます」とは言われなかった。

「じゃあ、これで40分置くんで!」

そう言い残して、麻布おにいさんはさわやかに部屋を出ていった。

部屋と水滴と私。そんな単語が頭に浮かんだまま、私は虚空を見つめていた。すると、だんだん腰や肩やよくわからない場所が熱くなってきた。体内にボイラーができたみたいに熱い。心臓の鼓動もだんだん強くなっている。アポトキシンを飲まされた時のコナンの気持ちがわかった。

正直怖かったので、歌を歌うことにした。コナンの主題歌を知っている限りメドレーで歌った。でもレパートリーが少ないので、ひたすら「謎」と「I can't stop my love for you」と「風のららら」を繰り返していた。

途中でおにいさんが様子を見に来て、その時ちょうど「謎」のサビ(この世であなたの愛を~手に~入れること)を歌っていたところだった。おにいさんは優しく「大丈夫ですか」、と聞いてくれたけど、眼球が揺れたまま部屋に取り残された不安に加えてサビを邪魔された私は少し不愛想に「大丈夫です」、とだけ返した。おにいさんはまた部屋を出ていき、私は(鍼灸院で歌うなんて想定外だろうな、八つ当たりだったな)と、少し自己嫌悪に陥り、でもまた「謎」の続きを歌った。

しばらくしておにいさんが戻ってきて、「では鍼を抜いていきます」と言った。アポトキシン現象に怯えていたのでほっとした。

「その前に写真撮影をしていきますね」

そういうと、おにいさんは私の顔をあらゆる角度からスマホで写真に撮りだした。横、斜め横、前、少し上から見下ろすように。3Dモデルを作るかのようにありとあらゆる角度でカメラを構えるその姿には、どこか鬼気迫るものがあった。

鍼を刺している時よりも断然集中していたおにいさんは、満足したのか「はい」と独り言を言い、「じゃあ鍼を抜いていきま~す」とゆるく私の顔の鍼をひょいひょい抜き始めた。

生えかけの雑草を摘まんで抜くように次々に鍼を抜き終わると、おにいさんは私に熱いタオルを渡した。

「これでお顔を拭いてください~、お着替え終わったらロビーに来てくださいね」

そう言うとおにいさんはまた部屋を出ていって、私はおにいさんが部屋を出た瞬間に部屋にあった鏡の前へ駆け寄った。

顔が小さくなって……ない? 事前に見たビフォーアフターだと、もっとこう、輪郭がキュッとなってシュッとしてたのに、そんなに変わっていない。

強いて言えば、目がぱっちりしている気がする。眼球を揺らされた甲斐があったというものだ。

ロビーへ行くとおにいさんが待っていて、スマホで撮った私のハリネズミ写真を送ってくれた。写真で見るとなかなか壮絶だが、その「針まみれ感」とあの痛みの無さがあんまりリンクしなくて、自分だという実感はわかず、なんだか狐につままれたような気持ちで鍼灸院を出た。

鍼が真価を発揮したのは、帰りの地下鉄だった。

身体が軽い!

肩が軽い!

足が軽い!

特に足がすごい。具体的に言うと、永田町の地下鉄の階段をすいすい駆け上がれるぐらいすごい。体が動くのが嬉しくて、無駄に遠回りをして家に帰ってしまった。

顔が小さくなったら銀座のバーあたりでムーディーにキメようと思っていたが、夜の早稲田の喧騒とゲロの隙間をスキップしながら帰るというのも、これはこれでよいものである。

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