〔憲法コラム20〕営業の自由に対する規制の合憲性判定基準
1 二重の基準論
「二重の基準論」とは、人権のカタログの中で、精神的自由は立憲民主制の過程にとって不可欠の権利であるから、それは経済的自由に比べて優越的地位を占め、人権を規制する法律の違憲審査に当たっては、経済的自由の規制立法に関して適用される「合理性の基準」は、精神的自由の規制立法には妥当せず、より厳格な基準により審査されなければならないとする考え方である。「二重の基準論」からは、経済的自由に関してたとえ不適切な立法がなされたとしても、民主政の過程での修復が可能であり、また、政策的規制に関しては資料収集能力に劣る裁判所は政策的妥当性についての判断能力が立法府に劣るため、立法府の専門技術的判断を尊重しようという価値判断に傾くといわれる。
2 規制目的二分論
「二重の基準論」を採用することを前提にして、経済的自由には精神的自由に比べて緩やかな違憲審査基準である「合理性の基準」が妥当するとしても、最小限度を超える人権制約が行われないように、「合理性の基準」の内部において規制目的により更に違憲審査基準を細分化する考え方が主張された。かかる理論を規制目的二分論という。
規制目的二分論とは、消極的・警察的規制(消極目的規制)については、裁判所が規制の必要性・合理性及び「同じ目的を達成できる、より緩やかな規制手段」の有無を立法事実(立法の必要性・合理性を支える社会的・経済的な事実)に基づき審査する「厳格な合理性の基準」により、積極的・政策的規制(積極目的規制)については、「当該規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限り違憲とする」という「明白性の原則」により法令の違憲審査をすることをいう。
3 規制目的二分論の問題点
小売市場事件判決(最大判昭47.11.22百選Ⅰ(第6版)[96])及び薬事法判決(最大判昭50.4.30百選Ⅰ(第6版)[97])で示された積極目的・消極目的による規制の類型化と、それに対応する違憲審査基準の区別の理論は、学説でも広く支持されたが、規制目的のみで全て判断できると考えるのは妥当でない。積極目的・消極目的の区別は相対的であり、例えば各種の公害規制や建築規制のように、従来消極目的規制とされてきたものの中にも、積極目的の要素をも含んだ規制が増加しつつある。また、公衆浴場の距離制限のように、消極目的規制と考えられていたものが、事情の変化により、積極目的規制と解されるようになったものもある。
したがって、規制目的二分論を用いて合憲性判断をする場合には、規制の目的を重要な指標の一つとしつつも、それだけでなく、いかなる行為がどのように規制の対象とされているか等、規制の態様をも考え併せる必要がある。例えば、同じ消極目的規制であっても、職業へ新たに参入することへの制限は、営業行為に対する制限よりも一般に厳しく審査されるべきである。また、一定の資格や試験のような要件ではなく、本人の能力に関係しない条件、すなわち本人の力ではいかんともし難いような要件(例えば競争制限的規制)による制限である場合には、薬事法判決のように立法事実を詳細に検討し、厳格に合理性を審査する必要がある。
しかし、規制目的二分論に対しては、厳しい批判もあるところである。
戸波教授は、「積極目的の規制と消極目的の規制とを的確に区分することが、理論的にも実際的にも可能かどうか」、「規制目的のみに着目して機械的に審査しようとするのは不適当ではないか」等と規制目的二分論を批判する。そして、「消極目的の規制について、ばぜ厳格な審査が要求されるのかがなお不明」であるし、積極目的規制においても、「『明白の原則』は違憲審査を全く排除してしまうようなものであってはならないのであり、とすれば、積極目的の規制に対する審査は消極目的の場合と基本的に異なる必要はないのではないかという疑問が生ずる」としている。そこで、目的いかんにかかわらず、「基本的に、『合理性の基準』に拠りつつ、立法事実を検証していくという方法をとれば十分である」とされる(法学教室150号14頁)。
〈論点1〉経済的自由に対する規制の合憲性判定基準
A説(規制目的二分論 判例・通説)
結論:消極目的規制については、裁判所が規制の必要性・合理性及び同じ目的を達成できるより緩やかな規制手段の有無を立法事実に基づいて審査し(厳格な合理性の基準)、積極目的規制については、当該規制措置が著しく不合理であることの明白な場合に限って違憲とする(明白性の原則)。
理由:①積極目的規制は、概して経済的弱者保護のための規制措置であって、そのような規制は立法府の裁量的判断に待つ領域が極めて広いのに対して、消極目的規制においては、伝統的な警察比例の原則が作用し、規制手段は目的達成のために必要最小限度のものにとどまるべきである。
②積極目的規制は、社会・経済政策を実施するための規制措置であり、その必要性・合理性の判断は裁判所の審査能力の限界を超えるのに対して、消極目的規制は、人の生命・健康に対する危険を防止するための規制措置であって、その必要性・合理性の判断を裁判所が行うことは比較的容易である。
B説(立法事実説 戸波)
結論:規制の必要性と合理性とを立法事実に即して審理判断する。
理由:規制目的二分論の採用する積極目的・消極目的の区別は明確でないし、そもそもなぜ消極目的の規制は厳格に審査され、積極目的の規制が緩やかな審査でよいのか根拠が明らかでない。
[重要判例]
・最大判昭47.11.22百選Ⅰ(第6版)[96]小売市場事件
・最大判昭50.4.30百選Ⅰ(第6版)[97]薬局開設の距離制限
・最大判昭30.1.26百選Ⅰ(第6版)[94]公衆浴場の適正配置規制
・最大判昭38.12.4百選Ⅰ(第6版)[95]タクシー事業の免許制ー白タク営業事件
・最判平4.12.15百選Ⅰ(第6版)[99]酒類販売の免許制