〔民法コラム15〕時効取得と177条


1 時効取得と登記

 時効取得者は、時効による所有権取得を第三者に対抗するために、登記を必要とするかが問題となる。

〈論点1〉時効による所有権取得を第三者に対抗するのに登記が必要か。
 A説(判例)

  結論:①時効取得者と時効取得された元所有者は、物権変動の当事者類似の関係となるから、前者は後者に対して登記なくして時効取得を対抗できる。
     ②時効完成前に元所有者から不動産を譲り受けた(物権を取得した)者と時効取得者は、物権変動の当事者類似の関係となるから、後者は前者に対して登記なくして時効取得を主張できる。
     ③時効完成後に元所有者から不動産を譲り受けた(物権を取得した)者と時効取得者は、対抗関係と同視できるから、後者は前者に対して登記なくして時効取得を主張できない。
     ④時効の起算点は固定される。
     ⑤時効完成後に時効取得を対抗できない第三者が出現しても、その者の登記後、更に必要な期間占有を継続すれば、再度時効取得できる。
  理由:①時効取得は原始取得であるが、時効取得者とそれにより権利を失う者との関係は承継取得の当事者に類似するから、時効完成時の登記名義人に対しては登記は不要である(結論①②の場合)。
     ②これに対して、時効完成後の第三者との関係では、時効の遡及効も一種の法的擬制であり、登記名義人から、それぞれ時効取得者、第三者への二重譲渡と同視できるから対抗関係に立ち、時効取得者は登記がなければ対抗できない(結論③の場合)。
     ③このような結論は、対抗要件主義にも合致する。すなわち、時効完成前は、時効取得者は所有権の取得を登記しようとしてもできないのに対し、時効完成後には登記をすることができたのであるから、時効完成後の第三者に対する関係では登記を要するとしても不当ではない。
  批判:①より昔からの長期占有者のほうが登記を要求されやすくなり保護されにくいのは、不均衡である。
     ②通常、時効完成を知らない時効取得者に登記を要求するのは酷である。
     ③時効の遡及効を無視している。
 B説(登記不要説)
  結論:時効取得が争われている時から遡って(逆算して)時効期間が過ぎていればよく、登記は不要である。
  理由:①民法は占有の継続のみを取得時効制度の基礎としており、登記を要件としていない。
     ②時効制度の趣旨は起算点がいつかを詮索することではない。
  批判:取引の安全を害する。
  反論:時効取得者が時効完成を知りながら登記をせずに放置していた場合、時効完成後の第三者は94条2項類推適用で保護される余地があるから取引の安全を害するわけではない。
 C説(登記尊重説)
  結論:登記に一種の時効更新的効力を認める。
  理由:時効取得も物権変動であり、177条は、登記を対抗要件とする物権変動につき何ら限定を付けていない。
  批判:明文にない時効障害事由を認めるわけにはいかない。

2 時効取得と背信的悪意者

 悪意者とは実体法上物権変動があった事実を知る者をいうところ、時効完成後の第三者は、本来、時効取得者が取得時効の要件を充足したことを知らなければ、悪意者とはいえない。もっとも、取得時効の要件を充足したかについては容易に認識・判断することができない。そこで、取得時効が成立したことを第三者が知らない場合でも、当該第三者を背信的「悪意者」と評価できる場合があるのかが問題となる。

〈論点2〉不動産の取得時効が完成したことを知らない第三者が背信的悪意者と評価される場合はあるか。
 A説(肯定説 判例)

  結論:取得時効が完成したことを知らなくても、多年にわたる占有継続の事実を認識している場合には背信的悪意者と評価し得る場合がある。
  理由:取得時効が完成したことを第三者が認識することは困難である。

[重要判例]
・最判平18.1.17百選Ⅰ(第8版)[60]

3 背信的悪意者からの物権的請求

 背信的悪意者排除論は、背信的悪意者を177条の「第三者」(登記の欠缺を主張する正当な利益を有する者)ではないとする理論であるため、「登記のない所有者」が自己の所有権を主張する場面を想定しているといえる。
 もっとも、背信的悪意者が問題となるケースとして、「登記を備えた背信的悪意者」が対抗関係に立つ者に対して所有権を主張し、物権的請求をする場合も考えられる。この場合、背信的悪意者排除論が想定している上述の場面とは異なり、背信的悪意者が自己の所有権を主張しているため、背信的悪意者が「第三者」として相手方の登記の欠缺を主張できるかが問題となるわけではない。そこで、請求者(所有権を主張する者)が背信的悪意者に当たるとの相手方の主張は、「背信的悪意者に当たるような者が所有権を主張するのは権利の濫用である」との権利濫用(1条3項)の主張に当たるとされる。そして、かかる権利濫用の主張は、背信的悪意者の所有権に基づく主張を直接攻撃する(請求原因に基づく権利行使を阻止する)ものとして抗弁に位置付けられる。
 一方、背信的悪意者排除論につき、対抗関係にある者のうち背信的悪意者に該当する者は排除されるという理論であると考えると、請求者である背信的悪意者を排除するために権利濫用を用いる必要はなく、背信的悪意者に該当することを主張すれば足りることとなる。その場合、かかる主張は、原告の所有権の取得を障害するものとして抗弁に位置付けられる。
 なお、前者の権利濫用の主張と、後者の背信的悪意者に該当するとの主張のいずれによっても、主張・立証すべき具体的事実は同じであると考えられる。

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