暗い眼をした女優
女優の名が歌詞に出てくる歌は沢山ある。たとえば、エルトン・ジョンのCandle in the windは、マリリン・モンローに捧げられた曲だった。
それについては、こちら↓を参照されたし。
女優を歌う曲は数多くあれど、女優の眼を歌った曲は、僕の知るところでは、この二曲しかない。
キム・カーンズ『ベティ・デイヴィスの瞳』(1981年)
近年では、テーラー・スイフィトのカヴァーでも有名なようだが、僕のような『ベスト・ヒットUSA』ではやはり、キム・カーンズの歌うバージョンが忘れがたい。彼女のハスキーな歌声がどこか退廃的なムードを漂わせていて、それが僕好みだった。ジャンルとしては、80年代初頭に流行ったニューロマンティックと呼ばれる一連のエレクトロ・ポップに位置付けられていた。ハンド・クラッピングのような音は、サンプリングされたドラムマシーンだという。
▲キム・カーンズ『ベティ・ディヴィスの瞳』。その独特の声から女ロッド・スチュワートとも呼ばれたが。MVのモブの中に、芸者風が混じっている。
歌詞には、ジーン・ハーロウ、グレダ・ガルボ、そしてベティ・デイヴィスという3人の往年の女優が登場する。
ジーン・ハーロウのような 金色の髪
その唇は驚くほどに甘く
彼女の手はいつも温かい
そしてベティ・デイヴィスの瞳をしてるの
彼女がレコードに針を落とすと
もう後戻りはできない
彼女はニューヨークの雪のように純
彼女はベティ・デイヴィスの瞳
彼女はあなたを悩ませる
あなたを不安にもさせる
あなたが喜べば喜ぶほど 彼女はそうするわ
彼女は早熟
彼女の前ではジゴロさえ顔を赤らめる
グレタ・ガルボの立ち振る舞い
そしてべティ・デイヴィスの瞳
三人称で書かれたこの歌詞を最初に触れたとき、歌の主人公は、「ベティ・ディヴィスの瞳の女」に、自分の恋人が誘惑されるのではいか危機感を覚えている、そんなふうに解釈した。内気な少女ぽく歌うスイフトのバージョンを聞いてなおもそう思ったものだ。ここいらへんは、ちょっとオリビア・ニュートンジョンの『ジョリーン』も頭の片隅にあったかもしれない。
僕はベティ・ディヴィスの全盛期、美人女優と呼ばれた彼女を知らない。ディヴィスといえば、なんといっても『ジェーンに何が起こったか?』(What Ever Happened to Baby Jane? 1962)での怪女ぶり―姉(ジョーン・クロフォード)をいじめまくる老醜をさらしたかつての名子役―が強烈過ぎて、「ベティ・ディヴィスの瞳」というとどこか悪魔的なイメージがわくからなおさらである。
▲『ジェーンに何が起こったか?』。楳図先生、パクってますねw ディヴィスとクロフォードは演技を超えて撮影中も本気で仲が悪かったらしい。
もうひとつの解釈としては、歌の主人公は「ベティ・ディヴィスの瞳の女」の心の声、つまり二人は同一人物であり、「あなた」を今から誘惑するわよ、というメッセージの曲という見方だ。これはこれで、挑発的だし、タイトルのもつ意味深なイメージを損なわない。
ちなみに、カーンズのバージョンも実はカヴァーで、オリジナルはジャッキー・ディシャノンというシンガーソングライターの筆によるもので(ドナ・ワイスとの共作)、ディシャノン自身は1975年にレコーディングしている(ヒットはしなかった)。オリジナルを聴くと、あまりにもノー天気、無邪気なポップ・ソングなのでいささか拍子抜けする。どうも、上記の2つの解釈は少々深読みだったらしい。
▲ジャッキー・ディシャノン版。キム・カーンズ版の世界的ヒットに気をよくしたベティ・ディヴィスは、作者であるディシャノン、ワイス、それにカーンズに謝辞を贈ったという。カーンズは以後ヒットに恵まれず一発屋に終わってしまった。
▲おまけ。テイラー・スイフト版。
浅川マキ『暗い眼をした女優』(1982年)
浅川マキの80年代の名盤『CAT NAP』(猫さらいの意)のオープニング・チューン。近藤等則とマキの共同プロデュースで、近藤の即興性の強いトランペットとファンキーなギターのリフが、超が3つつくぐらいカッコいい。むろん、マキのボーカルも最高に冴えわたっている。
▲『暗い目をした女優』
いつも見る夢
暗い街の舗道
ひとり歩く 若い女がいる
暗い眼をした女優
ミシェル・モルガンの眼を
もうひとつ暗くした女優の眼が
若い女を都会に誘う
暗い眼をした女優は思い切り踵の高いハイヒールを履くの
コツコツコツコツと 大都会のアスファルトを響かせながら
若い女の旅はあてどもない
暗い目をした女優はどこへ行ってしまったのかしら
物語の構成としては、スキャンダルで消えた「ミシェル・モルガンの目をもうひとつ暗くした眼」を持つ女優の消息を訪ねて旅をするというもので、どこかダウンタン・ブギウギバンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』に通じるところがあるが、「暗い目をした女優」と「若い女」の関係は明らかにされていない。
ミシェル・モルガンは、クラシック仏映画ファンには特別な意味合いのある女優である。みごとな金髪と美しい眼で知られ、”モルガンの眼”といえば、”デートリッヒの脚”と並ぶ欧州映画界の神話だった。
『霧の波止場』(Le Quai des brumes 1938年)でジャン・ギャバンと共演で注目を集める。これをきっかけに、しばらくの間、ふたりはいい関係にあったという。ギャバンはヴィシー政権時、ハリウッドに活躍の場を移し、ここでドイツから亡命中のマレーネ・デートリッヒと知り合い恋人になったというから、”モルガンの眼”と”デートリッヒの脚”を手に入れた地球上でただ一人の男といえる。
▲『霧の波止場』。口説きセリフもT'as de beaux yeux tu sais(君は美しい瞳をしている)。セリフは詩人のジャック・プレヴェール。
モルガンは戦後も多くの作品に出演したが、やはり彼女の目の魅力が際立つのは戦前のモノクロ映画だと思う。スクリーンで見るモルガンは「暗い眼」というよりも、宝石のような冷たく澄んだ眼をしていた。
そしてもうひとつの彼女の宝物のみごとな金髪。ラテン系であるフランス人は、実は純粋なブロンドは少ない。評伝『ジャン・ギャバンと呼ばれた男』を書いた鈴木明は、彼女の金髪の理由を生まれ故郷のノルマンディに求めた。ノルマンディっ子はノルウェイから流れて定住したヴァイキングの末裔。彼女も北欧の血を引いているのだ。
1920年閏年の2月29日生まれのモルガンは、2016年12月20日、96歳で永眠する。「パリジャン」誌はこんな見出しで彼女の訃報を伝えた。
Les beaux yeux de Michèle Morgan se sont fermés(ミシェル・モルガンの美しい眼は閉じられた)
▲2011年。ミシェル・モルガン91歳。アラン・ドロン76歳。
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