目からビーム!67 永遠の「戦争を知らない子供たち」へ
「“戦争を知らない子供たち”はこれだから」
子供のころ、夕飯のおかずに文句を言ったりすると、決まって母は、こう「お小言」を言うのだった。敗戦を11歳で迎えた母にとっては、三度の食事に白い米を戴くことに感謝すらしても、おかずにケチをつけることなど罰当たり千万に等しいことだった。それに引き換え、お前はなんだ、というわけである。これには返す言葉もなかった。
母のこの殺し文句は、ジローズの当時の大ヒット曲『戦争を知らない子供たち』(1970年)から借用したものであるのは言うまでもない。作詞の北山修がこの曲に込めたメッセージは「戦争を知らない世代が平和を語ることは許されないのか」であり、母はかなり意訳してお小言に使っていたわけだが、「戦争を知らない子供たち」というフレーズ自体に強烈なインパクトがあったのも事実だ。
当時は、「戦無派」などとも言われたが、どちらかといえば、あまりいいニュアンスで使われることはなかったと記憶する。「戦争を知らない」世代であることは、それだけでどこか大人から軽んじられる傾向があった。戦無派が反戦を語ってもそれはしょせん綺麗ごと、机上の平和主義だ、という大人の意見にむしろ説得力があった時代だ。それに対して北山修のアンサーがかの曲である。まさにこの曲は世代の断層を歌った歌でもあるのだ。
ジローズも復帰間もない沖縄のコンサートで、この曲を歌うのにはためらいがあったらしい。もし観客に拒絶されたら永遠に封印する覚悟で演奏を始めたところ、大合唱で迎えられたという。この曲は、沖縄の地で、永遠の生命を得たのである。
この歌が初めてラジオから流れてから今年はちょうど50年目にあたる。今では人口の半分以上を戦無派が占め、僕も「子供たち」と呼ばれる歳をゆうに超えた。しかし、今も違う意味で、この言葉を突き付けられているような気がしてならない。
「戦争を知らない子供たち」が、軍事を、安全保障を、憲法改正を、あるいは大東亜戦争の大義を語ることは許されないのかと。それは、戦争の恐ろしさを知らぬ者の危険な冒険主義なのだろうかと。
友よ、その答えは風に舞っている?(ボブ・ディラン)
初出・八重山日報
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(追記)
『洗脳を知らない子供たち』(作詞・但馬オサム)
あるイベントで長谷川某君とデュエットする予定だったが、イベント自体がなくなってしまった。そのときのデュオ名は”チローズ”にするつもりだった。そのココロは、「ぜんぜんイケてない」―。意味がわからない人、直接、但馬に聞いてくださいw