小説「ヘブンズトリップ」_22話
俺を後部座席に乗せた警察官の男性は、不愛想で無口だった。
流れる朝方の景色をただ、一点に眺めていたら、昨日の夜に俺たちが見た遊園地が鉄作の向こうに見えたので、俺はあわてて質問した。
「あっ、あの・・・」
「あっ、なんだ?」
バックミラー越しに返事をした警察官は意外といい声をしていた。
「あそこの遊園地って?」
俺が曖昧な質問をしてるうちに遊園地はすでに過ぎ去っていった。一瞬、俺の目が取らえたのは、夜とは異なる朝日の照らされた金属の輝きと、植物の葉の奥に見える動かないままの遊具だった。
「もう何年も前からやってないよ。あの場所は粗大ゴミの不法投棄がひどいんだ」
そんなグチを踏まえた会話を聞き流し、不思議な気持ちになった。
パトカーの中ではほとんど会話をしなかった。ずいぶん長い時間、窓の外を眺めたり、下を向いて、目を閉じたりしていた。
見覚えのある街並みが見えてきたころには俺は眠たくなっていた。
警察署内にはすでに両親はすでに迎えにきていて、俺たちの到着を待っていたようだ。
事情聴取は終わったが、学校に連絡がいかないわけがない。きっと学校に行ったら、また同じような指導を受けることになるのだろう。
俺はすぐに帰宅することを許可されたて、そのまま史彦と会わなかった。
数日間はは学校は休んだ。
頭の傷が治るまで学校に行かないつもりだったが、実際、血は流れたが、痛みは全然なかった。
史彦からの連絡は特になかった。
家で寝ている時、何度かあの言葉を思い出した。
「呪縛からの開放・・・」
どうしても、この言葉が頭化から離れなかった。
考えても、俺の知識では結論は出ないし・・・。このことを史彦にもう一度、問いかけたくて俺は学校に行くことを決意した。
学校に行くのが全く怖くないわけじゃないというわけではない。俺には例のチンピラにからまれた件もあるし、楠木と川田のことも、もちろん気にしていた。
頭に絡みつく感情は複雑なものになっていた。
俺はいろんな不安を抱えたていたが、冷静な顔を装い、教室のドアを開けた。
何人かのクラスメイトは俺を見たが、別に何も言葉をかけてはこなかった。
楠木はまだ、来ていないみたいだったが、川田は俺に気づいたようだ。
後から教室に入ってきた、亜里沙たちも何も言ってこない。きっと全員で口裏を合わせているのだろう。
朝のホームルームと、一時間目の授業と、窓の外を眺めて過ごした。
教師が黒板にチョークを当てる音を聞いていると眠ってしまいそうなくらい退屈な時間だ。
「あれっ?」
これじゃ、チンピラにからまれて病院送りにされる前と変わらない。
俺はここに、こんなことしにきたんじゃない。
昼休みになったら、俺は昼食をとらずにすぐに教室を飛び出して、二階の史彦のクラスへと向かった。
ひざ小僧をドアにぶつけた音で教室内で食事をしていた生徒たちはいっせいに俺に視線を向けた。痛みで硬直しながら教室内の人間に史彦を探したのだが、見つからなかった。
次の日も、その次の日も、登校した俺は、昼休みや放課後にも、三年六組の前を通りかかった。
知り合いはいなかったが、勇気を出して、見覚えのあるやつに声をかけて、史彦のことを聞いてみた。
「そういえば、あいつ最近、来てないな」
史彦も学校じゃ「そういえば」と言われる程度のやつなのだ。きっと存在を忘れられるほど学校をサボっているのだろう。仕方なく自分の教室に足を戻した。
確証はなかったが、察しはついていた。
警察署に連れていかれた時に同時に病院に連絡したと母から伝えられた。きっと俺たちの素行は病院の関係者の耳にも入っているはずだ。
看護師や医師の先生たちに対面するのは気まずいが、きっとあいつは病院にいる。あいつの行動で俺が把握しているのはあそこだけだ。
なので、放課後にはまっすぐに家に帰らず、病院に向かった。
史彦のやつ、どれくらい学校に行ってないんだろ。普段からまともに行ってないくせにこんなんじゃ、本当に卒業が危なくなるぞ。
史彦もいろいろ言われたに違いない。病院を抜け出す前に言っていた史彦の言葉が再び、頭の中に思い出された。
「また、学校に戻るのかよ? あんなつまんないところに?」
あの言葉のおかげで日常的に自分を縛りつけていたものから解放された。
だけど、今はまたその中に戻ってる。そんな気がする。
何気なく、夕日商店街を通り、あの日、自分が殴られて気を失った場所に来ていた。
商店街の彩られた地面が終わるパチンコ屋の側・・・。
店内の様子はガラスにスモークがかかっていて、見えないが、ガヤガヤと騒がしい音が聞こえてくる。
俺がこの場所で倒れたことなんて微塵も感じさせないくらい、当たり前のようにその場所は存在している。
思い出せるのは、今吹いている風がこの前よりも冷たくなっているということだけ。
もうすぐ秋が終わり、本格的な冬に突入する。