【小説】旅のすべて

数年に一度 衝動的に旅に出たくなるのです。行き先も目的もない。多少手間のかかる自分の知らない土地に迷い込むものです。

その日も無性にここではない何処かに行きたくなりました。

いつもは勘を頼りに交通機関を乗り継ぎ、5日間ほど放浪するのですが、SNSで繋がった人に行き先を決めてもらう事にしたのです。

目に入ったアカウントにメッセージを送りました。

『旅に出ます。あなたが行き先を決めてください』

数分後に返事が来ました。

『兄の墓参りをしてください』

続いて地図アプリのURLが送られてきました。
そこは新幹線で2時間バスを乗り継いで2時間ほどの場所でした。

その日の午後、私は新幹線に揺られ、流れる景色を眺めながらその後のやり取りを思い返していました。

『追加の願いで申し訳ないのですが、兄を愛してください』

『愛するとは性行為ですか』

『解釈も含め、全てあなたに委ねます』

さて どうしたものか

「おつまみはいかがですか」若い乗務員に声をかけられました。

私はナッツを買い、景色の続きを眺めていたら、いつの間にか眠りにつきました。

「ここ、座ってもいいですか」
青年はそう言って私の目の前に座りました。

藍色の袴姿で背筋がしゃんと伸び凛とした声を持った青年。何もかもが完璧でした。顔がナズナであることを除いて。

「どうぞ」

「ありがとう。一人旅ですか?」

「ええ、〇〇町へ」

行き先を告げた途端、花弁が一枚落ち、続けてまた1枚、落ちていきました。それに比例して私の瞼も重くなり車内の輪郭が歪み始めました。
「美しい旅を」上品な声を最後に意識がぱつんと切れました。


「お客様、終点となります」

私の体を乗務員が揺り動かしていました

「失敬。寝込んでしまいました」

「旅に眠りはつきものです」

「丁度いい仮眠になりましたよ」

「本日はどちらへ行かれるのですか?」

「僕は──」

僕は何処へ行くんだっけ?


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