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社内規程の「正の効用」~ジャニーズ調査報告書の公表を受けて~

文責:スパークル法律事務所

(※本記事は、2023年9月5日配信のスパークル法律事務所ニュースvol.11の内容です。)


  株式会社ジャニーズ事務所のスキャンダルについて、外部専門家の再発防止特別チームによる調査報告書 が開示されました。非上場の同族会社であるにも関わらず、代表取締役社長の辞任による「解体的出直し」が必要との提言がされており、その背景としてガバナンスの基礎となる社内規程類が欠如していることが指摘されています。そこで、これを期に規程の正の効用について少し考えてみたいと思います。皆様の議論の一助になれば幸いです。

規程の正の効用

 規程類は、一旦作成するとメンテナンスが必要となり、規程によっては違反がないかのモニタリング、社内トレーニング、年次改訂、違反者に対する取扱い等の負担が伴います。ともすれば、規程類は業法や上場規則で求められるからやむなく整備すべき「必要悪」のようにも考えられがちです。この観点からは、規程類は基本ひな形通りとすべきで、最小限の関与で維持し、かつ、できるだけ負担感がないものに仕上げるのが会社として合理的な対応ということになります。

 ただ、本来、規程は積極的な正の効用が認められるものです。規程は、社内における各種会議体や機関の役割や権限分配を定義し、業務フローを汎用化して効率化させることによって、会社のガバナンス体制の基礎となります。その結果、例えば規制当局や株主等会社外への説明として「当社としてはこのようにしている」との説明を基礎づけるものとして使われたり、会社の進むべき指針を示すことにも使われます。また、会社の方針とずれている事象(不祥事等)が起こった場合に、会社としてはあるべき方向を向いているのだが、個別事例としてそうとも言えない事象が発生したという文脈を形成することに使われる場合もあります。

 ジャニーズの報告書で言及された権限に関する規程や、コンプライアンス規程は具体的にどのような場面でどのように働き得るのでしょうか。

肩書や会議体に関する権限を定めた規程について

 株式会社について会社法で定められている機関は極めて限定的で、株主総会、取締役会等に限られます。社長、部長、課長、主任、営業の会議、朝会、月次報告、そういったどの会社にもあるような肩書、会議というものの意味は実は各社各様です。この具体的内容や権限を定めるのが決裁権限規程や取締役等の会議体に関する規程です。規程を整備することで、会社の内部において議論を尽くすことを前提としつつも、最終的に誰が何を判断し、責任を負うのかが明確になります。

 その結果、規程の有無により、実際に判断が争われる場合に争点が異なる可能性があります。

 例えば、以下の事例ではどうでしょうか。

 上司からある日違う業務を担当するように言われ、不満を持ち最終的に退社するに至った従業員がいる場合。

 当該従業員は当然上司の横暴を主張したいわけです。一方、会社としてはその判断に至る背景や上司側の努力を主張したい。

 結果的に上司の決断が争いになる場合において、規程が存在し、その規程に基づく処理が行われたと言い得る状況であれば、会社として正当な権限分配に基づく決定であるとの説明も可能となります。すなわち、上司に裁量と権限が与えられている場合、上司が判断すること自体はルール通りであり、当該判断が裁量の範囲を逸脱するのかが基本的な争いとなります。上司が難しい判断に正面から向き合い、きちんと業務をしている場合に会社として「それでいいのだ」という強いメッセージを出すことになります。

 主要な業務がきっちり会社から授権されていることが明らかになる規程は、結局は会社とルールに従った従業員の判断を守ることに資するといえます。

コンプライアンス規程、会社の方針を示す規程(コード・オブ・コンダクト)

 コンプライアンス規程や、コード・オブ・コンダクトは、会社として、会社の価値観やあるべき姿を示す規程です。これらの規程を整備することにより、社内外に、会社としてあるべき姿についてメッセージを出していくことになります。

 このような規程は、運用により以下のような正の効用を持ち得ます。

- 会社としての価値観を文言化することにより従業員間及び社外の関係者に共有できる
- 会社の価値観と異なる不祥事が発生した場合に、当該事例が会社の方向性と異なる個別的な事例であるとの議論を説得的に展開できる

 もちろん、これらはいずれも運用次第です。実際、従業員により意識されていなかったり、罰則を適用する際にだけ利用されたり、一部の人が自分の意見を通す際にだけ利用されている状況だと、これらの効用は見込めません。

 会社は全従業員の拠り所となるプラットフォームです。これらの正の効用が発揮できている場合、このような規程記載の健全な会社の発展が期待でき、会社を守るという実際的な効果を期待することができます。

結語

 いかがでしょうか。あくまで一部を捉えた議論ではありますが、規程を整備し、運用することには、こういった正の効用もあり得ます。各社の置かれた状況にカスタマイズした規程を整備し、正の効用が出やすい運用をするという観点から検討してみてはいかがでしょうか。本議論が健全なマーケット・プラクティス発展の一助となれば幸いです。


文責:スパークル法律事務所
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