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日々もくもくと釜に薪をくべる
僕の仕事はお風呂屋の運営を支援すること。辰さんは、70年続く街中の銭湯の2代目で、今では珍しい完全薪焚きの釜でお湯を沸かしている。
65歳の辰さんの1日は長い。朝、廃材屋で軽トラいっぱいの廃材を積み込み、作業場で下ろす。チェーンソーで廃材をカットする。釘や金属、合板などを仕分けしなければ原料の薪として使えない。
前日の熱が残る釜から大量の灰をかき出して、炭化した薪は炭として再利用する。新たに薪をくべて火を起こす。薪が炎になるのに数十分はかかる。
お湯が沸くまで数時間、開店時間になると番台でお客様を迎えるのだ。営業中も火が消えないようにときどき釜に薪をくべなければならない。営業が終ると1時間半かけて浴室の清掃をして、最後にやっと残り湯で汗を流す。
薪で焚いたお湯は、やわらかくて身体に絡みつき湯冷めしにくい。現在主流の重油やガスボイラーであれば、スイッチ一つで全自動だが、これが彼のスタイルなのだ。
ホッ!と一息ついて、あと何年続けることができるのだろうかと考えるのがここ数年のお決まりだそうだ。こうして辰さんの長い一日が終わる。
僕は辰さんを、SDGs的な素晴らしい経営をしていると思っている。しかし、彼はこのことに懐疑的だ。
廃材を使うのは、重油よりコストが安いからだとうそぶく。廃材や間伐材を有効利用するけれど、だから木材だけが二酸化炭素の排出を許されるというのは詭弁だそうだ。人間の欲望を満たすために世界中の燃料が木材になったら、地球上の森林なんて1年と持たない。適切な範囲とはいえ、バッジをつけて分かったような気分にはなれないねと、自嘲気味に笑うのだ。
持続可能な世界ってどんな世界なのだろう
先代の頃からの常連さんたちはどんどん少なくなっていく。今なお元気に通ってくる人の中には、一人暮らしや、自力で外出する唯一の目的地がここだけという人も多い。
役割を終えた資源が形を変えて人々を温める。薪の香りのやわらかな湯につかった子どもたちは、その体験を記憶するだろう。古くからの常連さんたちは記憶を抱えて旅立つ時が来る。僕たち人間もまた、持続可能な世界のサイクルに組み込まれている。ちゃんとSDGsだよ。
辰さんに後継者はいない、風呂の釜も建物もずいぶんと痛んでいる。SDGs達成の目標期限としている2030年まではあと6年。これからも辰さんは風呂釜を守り、僕は辰さんのような経営者の支援を続ける。