
七)人脈こそ資産
人脈こそ資産
今、越智は改めて伝統について振り返る。一時は重荷に感じた140年の伝統であるが、今の自分があるのもこの伝統があるからだと感じている。伝統があるから今を生かされている。その伝統は自分が失敗しそうになると、必ず支えてくれる人脈となって現れる。
自分の父は突然の事業の引継に戸惑い、職人気質や優れない体調の中で苦労をしてきた。自分は、職人ではないことから来る苦労があった。その一方で、他人の飯を食べていたから、営業能力を身につけてきたから、こだわりがなく、人の意見を聞き誰とでも話をすることが出来た。もし、他人の会社で営業をしてこなかったら、今のような商品開発は出来ていないと感じている。
「地元での商品開発では非常に多くの人に会い、また協力して頂いた。自分を紹介してくれた人がいてつながりが生まれた」これは感謝の言葉でもあり、彼の自信の表れでもあるだろう。
中小企業は人脈こそが資産であると感じている、生産者を紹介してくれた人、生産者、それを製品化する経営者。
彼は、「やる気がある人には、やる気がある人が集まる」と確信を持っている。
また「人をだまそうとする人にも同じような人が集まる」とも言う。こうした言葉の中に、彼がどういう生き方をしているかがうかがえる。
彼の息子はすでに別子飴本舗の中で商品開発などに携わっている。すでに彼のアイデアはいくつもの新商品となった。今回は、自分の時のような苦労がなく引き継ぐことが出来るのではないかと思っている。
先日、越智は大学時代の同窓会の場にいた。学生時代は、あまり目立つ存在ではなかった。大学を出てサラリーマンになった彼だから、学生時代は事業に対する思いがあったわけではない。
しかし、彼の人生が大きく変化したように40年の歳月を経て、同窓会の場での彼への視線も変化していた。
同窓生の全員が、熱病のようなバブル期とその後に続くデフレ不況、人員整理、合理化、情報化社会への展開をそれぞれの立場で過ごしてきた。サラリーマンとしてはみんな定年になる世代となった。
その中で、地域の老舗別子飴本舗を引き継ぎ、伝統の重荷を背負い、苦労をしながら奮闘する彼の姿は、同窓生の多くが意図せずとも目にするようになっていた。「越智も頑張っているから俺も」いつしか同窓生の多くがそう思うようになっていた。
その彼に、多くの同窓生から「ありがとう」という、思いもかけない言葉をもらった。
息子に苦労はさせたくないと思った父の思いやりや、伝統の重荷を乗り越えて励んできた越智の姿勢は、やがて学生時代の仲間から期待され、感謝される立場になっていた。
学生の頃、目立たなかった彼はいつしか同窓生の励みの的となった。