Cognitive Warfareについて
ロシアのウクライナ侵攻が世界的に問題となっている。今回の問題を含め、現代戦争を考える上ではCognitive Wafareという概念に注目することが大事になってくる。今回はそれについて書いてみることにする。
NATO(北大西洋条約機構)がCognitive Warfareについての説明を含む資料を公開しているので、まずはそのリンクを貼ることにする。
簡単に内容を説明すれば、現代の戦いの舞台は、物理空間やサイバー空間にとどまらず、Coginitionすなわち認知の空間さえも戦場となっているということである。2010年代後半から出てきた新しい概念であり、細かい定義としては完全な一致を見ていないようだが、大枠で言えばそういうことである。
といってもわかりにくいかもしれない。認知というのは個人の脳内で起こっていることなのにそれがどうして戦争の領域となるのだろうか。
それは、人々の思考や行動を操ることで、敵に混乱を引き起こしたり、世界を味方につけたりするといったことができるようになるからである。
Cognitive Warfare は Coginitive=認知の Warfare=戦闘(行為)であり、つまり自らを利するような認知を人々に持たせ、行動させるという戦術なのである。
ところで、これと似たような意味の言葉はいろいろある。例えばニュースでコメンテータが情報戦=information warfareという言葉を使っているのを聞いたことがある人も多いかもしれない。
情報戦というのは本質的には、いかに相手の正確な情報を知り、自らの正確な情報を与えないか(もしくは間違った情報を相手に与えるか)が主眼にある。相手の正確な情報を知るためには、スパイを派遣するといったこともあるだろう。ただ、近年はインターネットを介したサイバー的な方法も多くとられているのは周知の事実だろう。実際、サイバー攻撃により情報が漏洩したというニュースも多数ある。
認知戦もインターネットの活用により、いまや深刻な脅威となっている。しかし、情報戦とは異なっている。なぜなら、認知戦は人々が情報をどうとらえるか、そこからどういうリアクションがでてくるかをコントロールするものであり、情報戦と次元が違うのだ。この点をしっかりと認識しておく必要があるだろう。
では具体的にどうやって人々の思考を操り、行動を誘導するのだろうか。それは、脳科学、神経科学、心理学等を統合した認知科学的な知見を活かしているというしかないだろう。
認知科学的に考えれば、脳は自動機械的な性質を有しているといえる。それは、ある種本能的なモノでもある。すなわち、うまく組み合わせた刺激を与えればどういった反応が起こるのかということを予測することが可能なのである。具体的に言えば、その人の過去の経験と情動的なメッセージを組み合わせれば、様々な影響を簡単に引き起こすことが可能である。また、人間の認知の瑕疵も様々に利用可能である。
ここで、個人は一人ひとり違うのだから必ずしも同じ反応を起こすことはないだろうという反論が想定される。
しかしその論理は意味を持たない。なぜなら一人ひとりの違いは誤差の範囲だからだ。認知戦はすべての人が対象なのであり、誤差は無視できるようになっている。そして、その人の属性の組み合わせによって人々を区分すれば(例えば人種、年齢、性別、居住地域、年収等々)、特定の属性の人々の多くに狙った反応を引き起こすことは想像以上に容易なのである。
人間の認知には様々な瑕疵があるのは認知科学的には常識である。例えば認知バイアスなどは知っている人も多いではないだろうか。錯視に代表されるように知覚ですら信用に値するものではないのは当然である。簡単に言えば、脳はこの世界を客観的に認識しているのでは全くないのであり、オリジナルの「世界」を自分の中に形成しているのである。←(過去記事も参照のこと)
この「世界」を書き換えていく、ということが認知戦の手口である。選択的に情報を与えたり、事実情報にうまく誘導したい方向への意味づけを行なっていくなどしていくのである。
書き換えていく際のツールとしては、やはりインターネット情報がメインとなる。先ほど述べたようなもろもろの方法を駆使して、インターネットを経由して仕掛けていくのである。
さて、もちろん認知戦という定義は新しいものであるが、同様のことは昔から行われていないか?という指摘もあろう。例えばプロパガンダというのは昔から行われてきた。しかし、インターネットが現れたことで戦略的な属性的働きかけは段違いに容易になったし、影響力も増大した。なぜならインターネットは本質的に双方向性があり、基本的に個人で扱うものであるからだ。
双方向性があるというのは、誰が何をどのように調べ閲覧したかすべてトラッキング可能ということだ。これにより、その人の思考(や志向)がかなりわかることは知られている。通販サイトのオススメで自分が欲しいものがいっぱい出てくるのは一例だ。これを利用すれば認知コントロールは容易になる。また、個人で扱うと他人の目を気にしないため極端な意見でも信じ込みやすくなる。家族であれこれ言いながらTVを見るのと比べ、強大な影響力を持つようになる。
最後に今回のロシアーウクライナ問題について少し述べる。ロシア側の主張は、ウクライナによる迫害を受けた親ロシア派を救うために親ロシア派が多い地域の独立を承認し、邪魔をさせないようにするということである。アメリカを代表する西側諸国がこれに反発するという構図である。
もちろん実際にやっていることは明らかに国連憲章や国際法違反の暴力行為だが、少なくともそういう詭弁を振りかざしていることは間違いない。
翻ってアメリカの過去の戦争を考えてみる。例えばイラク戦争。大量破壊兵器があるからという論理で攻めていって政権を転覆させたが、実際には存在しなかった。イラクが独裁政権だったとはいえ、結果的には難癖で攻め滅ぼしているのである。
しかしもちろん西側メディアは、イラク戦争は正当化するが今回のロシアの行動は侵攻として非難する。これは少なくとも、自らの立場を無条件に正当化する情報を流して、世界的世論を味方につける認知戦だろう。さらに、今回インターネット上などで過去の違う戦争での動画などがロシア軍の所業として大量に流布している。これらも単なるFake Newsというだけでなく、認知戦の一部だと考えるべきだろう。また、ウクライナは市民の戦闘を奨励し武器を持たせている。そしてこれを西側諸国も支援する形となっているが、国際法上正規軍人と正規軍人の戦いこそが基本なのであり不法戦闘員と看做されてもおかしくない。ロシアの圧倒的な不法行為があるから許されるという論理だろうが、ここに触れないというのも認知戦の一環だと思われる。
ロシア側も認知戦を仕掛けている面がある。例えば、当初ロシアは次々と軍事的に掌握しているという発表を出し、世界的にもすぐキエフまで陥落して終わりだというような論調が目立った。しかし、実際のところウクライナの抵抗は想定以上に効果を発揮している。あのロシア発表はウクライナ人や世界に闘っても無駄だという諦めをもたらそうとした認知戦であるともいえるだろう。もちろん、親ロシア派の迫害云々についてもナチス呼ばわりして避難しているがもちろん認知戦である。
また中国の台湾に向けた動きも進んでいるようだ。中国はロシアの行動を受けて自国民を避難させたがその際に台湾人のことも救助対象としたようだ。そして、台湾のインフルエンサーに中国への感謝を発信させた。さらに今回ウクライナがアメリカを筆頭とする西側諸国から軍事力によるサポートを受けられないでいることを持ち出して、アメリカの力は衰退しているから台湾も中国を頼るよりないといった意見を広げさせているという情報もある。これも中国は台湾人民の味方であり、中国についた方が良い選択だと思わせて併合に持っていく認知戦ととらえられよう。
今回は、このくらいにしておくが、実際認知戦というのは認知戦に気づかない人が多いからこそ効果を発揮するのである。操られていると気づかず、あたかも自分が考えて至った意見や行動が実は狙われているということになるのが認知的な攻撃である。つまり、気づかない日常の中にその種が埋め込まれていることは多々あるだろう。うまいやり方なら気づかない場合が多いのは当然である。その意味で今回取り上げたおおざっぱなこと以外にも細かく仕掛けられていることはかならずあるはずだ。
少なくともそのことを意識したうえで、事実と解釈をいかに切り分けることができるか。自分の「世界」についてしっかりと認識を持とうとしていくことがこのような状況を生き抜くために必要なのだと思う。