兄の飛行機
#幼少〜小学生
ぼくが小学校低学年、兄が小学校高学年の頃
クリスマスプレゼントに兄は組み立て式飛行機のラジコンをもらっていた。
兄は、すごくラジコンが好きな少年だった。
プレゼントでもらった飛行機は、グライダー型で、
接着剤を使う必要があったり、バランスを測り微調整をする必要があったりと、小学生にとっては少し難しいキットだったが、冬休み、春休みを使って、兄はせっせと作っていた。
ぼくは製作中はずっと横で見ていたのをよく覚えている。
結局完成したのは、春休みの終わった辺りだったと思う。
完成したときの記念写真のポーズまで鮮明に覚えている。
兄は、翼が身長ほどある飛行機を両手で頭上に掲げて、まるで飛行機にぶら下がって飛んでるかのような格好で写真を撮っていた。
思い出せないけれど、たしか飛行機に名前も付けていた。
兄はそういう明るい人だった。
せっかく完成したものの、近所には飛ばせる場所がなかったので、初飛行は夏休みの予定になっていた。
夏休みになったら父が車で拓けた原っぱまで連れて行ってくれる約束だった。
一学期が終わり。夏休みはあっという間にやってきた。
お盆の頃、とうとう初飛行をすることになった。
家族全員で、車に乗って神奈川県の何処かの原っぱに行った。
ぼくの背丈ほどの草が生い茂っていて、夕日に当たったそれらは黄色く輝いていてとても綺麗だった。
夕日に沢山のトンボの影がふよふよ浮かんでいた。
風はほとんど無く、たまにさやさやと草が揺れる音がする程度だった。
絶好のコンディションだった。
兄がどれだけ苦労したかも知っていたので、ほんとうに飛んだ様子を見るが楽しみだった。
兄と父は、飛行機のバッテリーを確認しながら何やら話し合っていた。実は、グライダー型の飛行機だったため、離陸は人力で投げ飛ばす必要があり、その打ち合わせをしていた。
母は虫が多いことを気にしていた。
ぼくはトンボを追いかけていた。
兄と父は話し合った結果、父がリモコンを持ち。兄が投げ飛ばすことになった。
飛行が安定したら、リモコンを兄に渡せば、兄は両方体験できるというわけだ。
リモコンのスイッチを入れ、本体のスイッチを入れ動作確認をして、いよいよ離陸となった。
父はリモコンをもち、兄は飛行機をもって構えていた。
兄「いくよ?」
父「うん」
ぼくまで無駄に緊張していた。
母も毛布にくるまりつつ、固唾を呑んで見守っていた。
兄は小走りしながら、自身の身長ほどの幅を持つ飛行機を夕日の方へ投げ飛ばした。
オレンジ色の光の中に飛行機の機影が溶け込み、影が尾を引いて草原にかかる光景はとても綺麗だった。
兄の手を離れた飛行機はゆっくりと上昇していった。
どんどん上昇した。
更に上昇した。
上昇しきった飛行機はヒラリと舞った。
時間が止まったような感覚だった。
兄の飛行機はあっと言う間に失速し、ザクリと音を立てあっけなく墜落した。
「ありゃ〜」
という父の声が静かな原っぱに聞こえた。
兄はショックを受けていたが
「もう一回やろう。」
と言って飛行機に近づいていった。
飛行機が壊れていないと思っていたのだ。
しばらくすると茂みから兄が戻ってきた。
泣いていた。
長い翼が折れていた。
父は謝り方がわからないように、笑って励ましていた。
母はとにかく兄を慰めていた。
ぼくは状況を把握するまで呆然としていた。
状況を把握した後、父に遅れて数秒後、
「一緒に直してまた飛ばそう。」
といった気がする。
辺りはいつの間にか暗くなっていた。
飛行機を車に乗せて帰った。
散った部品は暗くて回収できなかった。
車の中で隣の兄がポツリと放った
「少しでもいいから、操縦したかったな。」
という言葉は今でもよく覚えている。
それ以来、兄はラジコンを作らなくなった。
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