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〈Chef's choice〉 16世紀に生まれた「オルレアン製法」を守る唯一無二のワインビネガー
文・撮影/長尾謙一
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何を選び、どう使うか。
〝これはいいね〟とシェフが選ぶ素材を
料理にどう展開するのか……。
素材を軸にしたシェフの読みをひも解きます。
〈今回の素材〉
マルタンプーレ
・ワインビネガー
・シードルビネガー
・オルレアンマスタード
(素材のちから第39号より)
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「ソースを煮詰めている途中で、今までとはまったく違う風味の表情が出てくるんです。」
〝シェフズ チョイス〟の4回目はマルタンプーレ社の「ワインビネガー」。
どんな料理を見せてくれるだろう。
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レストラン ラフィナージュ(東京・銀座)
オーナーシェフ 高良 康之 さん
手間や時間がかかったとしても、自然に発酵させ静かに熟成させた、昔ながらのワインビネガーがおいしい。
──シェフにとってワインビネガーとは。
私は料理の中に酸味を取り込むのが凄く好きで、いろいろなものに使いますからワインビネガーはいつも手の届く所にないと気が済みません。それほど必要不可欠なものです。
ソースにもワインビネガーを使いますが、大切なことは酸味が加わることによってソースのコクや旨みが引き立ち、それによって皿の上のそれぞれの素材が持っている味の輪郭が、一つずつはっきりすることです。目指しているキレのあるシャープなソースは、ワインビネガーをバッと入れて酸っぱさを立てるというのではなく、酸味が入ることによって料理に調和がとれていく、こうしたことをいつも心がけています。
──「マルタンプーレ」が守り続ける〝オルレアン製法〟によってつくられるワインビネガーはいかがですか。
「マルタンプーレ」には丸みがありますね。酸度の高さはピシッと調っていますが、とてもまろやかでやわらかな酸味です。その中に深い旨みがあり味わいがしっかりとしているので、酸味が立っていてもツンときません。旨みが弱いのに酸味ばかりが強いとむせるようになりますが、「マルタンプーレ」は凄くバランスがいいですね。
もっている旨みは複雑で、ビネガーの酸味を加えて何かをつくるというよりも味つけの調味料として使う感じで、ちょっとワインビネガーの見方が変わりますね。ソースをつくっていても、煮詰めている途中で味をみると、もう全然違う風味の表情が出ているんですよ。詰まっていけばいくほど複雑な旨みが出てきます。これが〝オルレアン製法〟でつくられるワインビネガーの特長なのですね。
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昔、ワインビネガーはすべてこの製法でつくられていたのですが、細菌学者のパスツールがワインビネガーの発酵の組み立てを見つけてから、工場でスピードアップして短期間に大量につくられる「工業製品」になってしまったと聞きました。まわりがそうなってしまって最後の醸造所になろうとも、古き伝統の〝自然発酵〟+〝自然熟成〟を頑固に守ってきた「マルタンプーレ」。何百年の間、樽の中で生き続けてきた酢酸菌で自然発酵させ、樫の大樽でゆっくりと熟成させる、こうしたワインビネガーづくりは守り続けて欲しいと思います。
「マルタンプーレ」をこう使う①
〝オルレアン製法〟のつくり出すやわらかな酸味と複雑な旨みを料理にいかす。
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──ビネガーの違いは、料理の仕上がりを大きく変えるのでしょうか。
ワインビネガーをテイスティングしてみると、普通はまず酸っぱさが先にきてから味を感じますが、「マルタンプーレ」のワインビネガーは逆です。味を感じたあとから酸っぱさが現れるイメージです。この違いは料理の仕上がりを変えると思います。
では、まず鶏を煮てみましょう。鶏は骨がついたままモモとムネに分けます。鍋の中にオイルを少し張って、焼き色をつけない程度に鶏を弱火で炒めます。その鶏を一旦取り出して、次にニンニクを5片鍋に入れて色をつけないように炒め、中玉のトマト3つ分、ヘタを取って横半割りにして種を取った状態のものを加えます。
そこに炒めた鶏をもどして、「マルタンプーレ」の赤ワインビネガーを加えて煮込んでいきます。注意することは赤ワインビネガーをニンニクに火が入ってから加えることです。どうせ煮込むから一緒と中途半端にビネガーを入れてしまうと、結局ニンニクの風味が立ちません。この時点では鶏の中に火は入っていませんが、ここにタイムとエストラゴンを加え、蓋をして煮ていきます。
鶏に火が入ったら鶏とタイムとエストラゴンを取り出して、鍋に残ったビネガーを詰め、そこに鶏のブイヨンを加えてまた詰めます。詰まり切ったらトマトとニンニクも一緒にして全部を裏漉しします。これを鍋にもどして煮詰め、生クリームを加えて塩で味を調えます。
鶏の料理ですから真夏に食べたいなという時には、白ワインビネガーで煮て酸味のアクセントを残して仕立てたりします。今回は「マルタンプーレ」の赤ワインビネガーで煮込んでみると、ソースに凄くコク感が出ていて、今までつくってきたものと比べてこんなに味が違うのかとちょっとびっくりしました。つくり続けてきている料理なので違いがよく分かります。
鶏はビネガーの風味があって、しっとりしている感じに仕上がり、ソースは詰めた時にビネガー、ニンニク、トマトの味が凝縮しておいしい旨みの塊になっています。
〝オルレアン製法〟のキーワードに〝自然発酵〟、〝自然熟成〟という言葉がありますね。うちの店名〝ラフィナージュ〟は〝熟成〟という意味なのです。料理やサービスをこの先10年、20年と長きにわたって熟すように進化させたい。そしてこれまで出会ってきたお客様、これから出会うお客様とのご縁の中で店も自分も共に円熟していきたいという思いを込めてつけました。
〝オルレアン製法〟を守り続けてつくられるこの品質には、まさに円熟という言葉がふさわしいのではないでしょうか。
これほどまで頑固に手をかけてつくり続けてきたワインビネガーですから、価格は高いのだろうと思いましたが、リーズナブルなのでちょっと驚きました。
「マルタンプーレ」をこう使う②
鯖に「マルタンプーレ」のシードルビネガーを合わせて、ナチュラルな香りの余韻を楽しむ。
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──魚のおいしさとワインビネガーが響き合うような料理を拝見できますか。
では、鯖のショーフロワをつくってみましょう。生クリーム風味の玉ねぎのムースの上に、低温で火を入れてシードルビネガー風味をまとわせた鯖とジュレを重ねる料理です。
鍋に玉ねぎのスライス、白ワイン、「マルタンプーレ」のシードルビネガー、それと鶏のブイヨン、水、タイムの枝、レモンのスライス、そこにちょっと塩を加え、火を入れて沸かします。ここに塩をあてておいた鯖を入れたら鍋を火から外して、そのまま余熱でずっと火を入れます。タイミングをみて鯖を取り出し冷やしておきます。残りの液体は一度沸かして卵白で澄まし、ゼラチンを加えてジュレにします。
下に敷く玉ねぎのムースは、玉ねぎを炒めてピューレにしたものに生クリームを加えて仕上げますが、ここに「マルタンプーレ」のシードルビネガーをちょっと入れておきます。玉ねぎのムースの上には酸味を持っている鯖をのせますから、乳脂肪分の高い生クリームの風味そのままだとぼてっとして風味が合いません。
そこで、「マルタンプーレ」のシードルビネガーをここに入れて、同じ酸味を両方に持たせておくのです。
さあ、盛り付けましょう。玉ねぎのムースの上に冷やしておいた鯖を切って並べ、その上にジュレをのせます。低温で火を入れた鯖はとてもやわらかく、玉ねぎのムースもジュレもやわらかいので、ここで他の食感が欲しくなります。そこで、生のセロリとキュウリ、あと旨みを足してあげたいので、トマトを細かく刻んでジュレに混ぜておきます。そしてシードルビネガーで酸味の共通項を持たせたように、今度は塩茹でした玉ねぎを細かく切ったものもジュレに混ぜて味の共通項をつくります。まわりにはマーガレットの花、アマランサスとクレソンの香りを一緒にのせてあげます。
鯖がとてもやわらかく、シードルビネガーによって少し甘みを感じてとてもまろやかです。
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つくっておいた酸味と味の共通項が料理全体を一つにまとめてくれて、一緒に細かく刻んだ野菜を噛むことで口の中にやわらかな鯖と玉ねぎのムースが残ります。「マルタンプーレ」のシードルビネガーのナチュラルな香りは料理に深い余韻を残してくれます。
「マルタンプーレ」をこう使う③
赤ワインビネガーとシードルビネガーの組み合わせでフォアグラのおいしさを際立たせる。
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──ひとつの料理にビネガーを複数使うこともあるのでしょうか。
もちろんあります。では、フォアグラの料理をつくりましょう。塩茹でして皮をむいたビーツを「マルタンプーレ」のシードルビネガーと赤ワインビネガー、メープルシロップ、潰した黒胡椒と一緒に真空パックの袋に入れてマリネします。ビーツはブリュノワーズに刻んで、クラッシュしたフランボワーズ、それとトマトを湯むきして同じ大きさに刻んだものを加えて混ぜ合わせ冷たいタルタルにします。残った液体は鍋に入れて煮詰めて漉し、ソースにします。
生胡椒のみじん切りとエシャロット、「オルレアンマスタード」を加えて味つけし、セルクルの真ん中に敷き、小麦粉をつけて焼いたフォアグラをのせました。
シードルビネガーのナチュラルな香りがとてもよく、赤ワインビネガーと組み合わせることでコクが増し、フォアグラとの相性のよさを楽しめます。
やはり〝オルレアン製法〟でつくられたワインビネガーの世界は素晴らしいと思います。自他共に認める〝酸フェチ〟の私でも、今までナチュラルな酸味って具体的にどんな味かと聞かれると答えるのは難しかったのですが、ワインビネガーに関しては「マルタンプーレ」と答えられますね。
(2020年11月30日発行「素材のちから」第39号掲載記事)