〈「涼」を表現するレストランデセール〉 夏を感じさせるデセールの組み立て
文・撮影/長尾謙一
お客様を魅了するデセールは
思いつきでは組み立てられない。
頭の中に浮かぶ複雑な要素を整理して、
それをシンプルに表現していく。
そんなトップシェフの極意をヒントとして学びたい。
〈今回の素材〉
・クーべルチュール ピストール エヴォカオ(カカオバリー)
・冷凍ピューレ「コクテル カライブ オ ロム」(レ ヴェルジェ ボワロン)
・ハチミツ レモン(アピディス)
・冷凍ホール ルバーブ(レ ヴェルジェ ボワロン)
・チョコレートユニバース グローブ 小(ラ ローズ ノワール)
(素材のちから第45号より)
夏のデセールは複雑性を持たせすぎず、香り豊かに。
レストラン ラフィナージュ(東京・銀座)
オーナーシェフ 高良 康之 さん
自分が感じた夏のイメージを具体的な言葉に置き換えてみる
夏のデセールを考えようとすると、みずみずしいという言葉がすぐに浮かんできますよね。みずみずしさやフレッシュ感を切り口にすると、どうしても生のフルーツを使いたくなります。そしてアイスクリームの冷たい口あたりも浮かんできたり、フルーツのゼリー寄せも気になりだします。
こうしてイメージを置き換えやすいものを中心に考えを進めていくと、夏のデセールの発想の出口は一気に間口が狭くなっていくのではないでしょうか。
私のやり方はそうではなく、自分が感じた夏のイメージを、単にフルーツというものに置き換えないで、そこから連想する酸味だったり、香り、口溶け、色、形など、その印象を具体的な言葉に置き換えてみることにしています。
自分が解釈した言葉ですから、そこからイメージやアイデアがどんどん広がっていきます。そうしてその広がりの中から3つくらいの要素を選んで、複雑性を持たせずに組み立てるようにしています。そうすると生のフルーツ頼みではない、ちゃんと夏の物語を持ったデセールがつくれると思います。
昔はレストランのデセールといえば、ホールケーキをカットして組み合わせたケーキの盛り合わせのようなものが多かった。それから軽いデセールが求められるようになってムース系のものが多くなりましたが、それでも皿盛りのデセールはケーキの延長線上にありますから、進化したとはいえども、たくさんの複合要素で構成されます。
生のフルーツ、アイスクリーム、ムース、シュー、キャラメル、飴、などなど、今でもこうしたおもてなし感あふれるものがありますが、そのお皿からは少しも物語は感じられません。
ここ数年、レストランのデセールには料理と同じように素材感を出そうとするアプローチが強くみられるようになったと思います。ご自分の料理に使う食材を探しに行って、素材のことを深く知ろうという料理人が増えてきたからだと思いますが、チョコレートやフルーツ、お酒などを単なる製菓材料としてとらえるのではなくて、その素材感を表現の要素として取り入れようとしています。さまざまなデセールの要素を皿に並べるのではなく、料理人の感覚を皿に表現する、そんなイメージです。
たとえば、ピーマンやとうもろこしなどの夏野菜は、むせかえるような強い香りを持っています。感じた〝強い香り〟という素材感を夏の言葉として置き換えるならば、その強さにはさらにどんな要素が必要かを考える。そして、それを考え組み立てていくことでデセールができ上がっていきます。今はその要素を3つくらいに留めておいて、いかに素材感をいかすか、というのが今の流れです。
デセールにヘミングウェイが現れる
このデセールのテーマは〝トロピカルな夏〟です。合わせる要素は多様にしないでパイナップルとココナッツ。パイナップル、ココナッツミルク、ライム、ラム酒をブレンドしたボワロンの冷凍ピューレ「コクテル カライブ オ ロム」を使ってシャーベットをつくりました。
パイナップルはスライスとさいの目にします。薄くスライスした方はシロップに漬け込んで真空にします。さいの目に切った方も同じシロップで、今度はバニラを入れて真空にして低温加熱し、そこにカスタードを合わせてあげると、もう夏の雰囲気です。スライスして漬け込んだ方は、乾燥機に入れて干してシャーベットの上にひまわりをイメージして飾ります。
主役のパイナップルは、しっとりと冷たいシャーベット、さいの目のバニラ風味のカスタード、パリッとしたチュイール風と3つの食感で楽しめます。この「コクテル カライブ オ ロム」は、南国の要素であるパイナップルとココナッツミルクの他にライム、ラム酒がブレンドされています。
この組み合わせは、ラム酒をベースにパイナップルジュースとココナッツミルクをシェイクしてつくるカリブ発祥のトロピカルカクテル〝ピニャ・コラーダ〟と同じです。甘くフルーティーなシャーベットからヘミングウェイが出てきそうです。
冷凍フルーツピューレは製菓材料としか考えていなかったので、素材として深掘りしていくと使い方もどんどん広がります。
赤いベリーのような酸味にインスパイアされた
この一皿は、ベリーの香りをテーマにしました。ベリー、チョコレートとナッツの3つの要素で構成します。
通常、チョコレートは秋や冬のイメージですが、あえて夏にチョコレートを使います。カカオバリーの「クーベルチュール ピストール エヴォカオ」の赤いベリーのような酸味は、まさに夏のチョコレートです。
この酸味にインスパイアされました。カカオ豆と果実を原料につくられる〝ホールフルーツチョコレート〟の素材感をどういかすかがテーマです。
生クリームでチョコレートを溶かしてガナッシュにし、ミントの香りを移した牛乳で炊いたカスタードを加え混ぜ、存在感のある綺麗な酸味のチョコレートクリームをつくります。
これをグラスの底に敷いてドライフルーツとナッツを加え、グラスの口の部分にラ ローズ ノワールの「チョコレートユニバース グローブ 小」で蓋をして、そこにカカオニブとカシューナッツ、夏のブルーベリーを入れ、シャルトリューズを流し入れ火をつけます。チョコレートのカップが溶け、ブルーベリーとカカオニブが下のチョコレートクリームの上に落ち、これを混ぜながら香りと食感を楽しみます。
シャルトリューズの強い薬草の香り、ブルーベリーの香り、チョコレートの赤いベリーの風味は、夏のチョコレートを絶妙に演出しています。
要素を一緒に皿に盛るだけでは季節の一体感は得られない
構成要素はルバーブ、ハイビスカス、桃です。この3つの夏の要素を一体化させることがテーマです。
水と砂糖で薄めのシロップをつくり、ボワロンの「冷凍ホール ルバーブ」を入れ加熱してほぐします。ルバーブを外し漉したシロップにはハイビスカスを入れて加熱します。そうすると、そこにハイビスカスの風味、ルバーブの風味を持つゆるい甘さの赤い液体ができます。
そこに、桃を皮をむかずに丸のまま葉っぱと一緒にドボンと入れて砂糖を足し、厚切りのレモンを加えてコンポートにします。この赤い煮汁でもう一度外したルバーブを煮て味を入れ、そこに4%のゼラチンを加えてゼリー液をつくり、桃のコンポートと一緒に冷やし固めます。
段階的に丁寧に3つの風味を移したこの赤いゼリーには、おいしさが詰まった一体感があります。たとえばこれを白ワインのゼリーでまとめようとすると、それぞれの要素はバラバラで、ただゼリー寄せができているだけになります。
ゼリー系のものにはコクのある油脂系のものが欲しくなりますから、アピディスの「ハチミツ レモン」でつくった、夏の香りがする、味のしっかりとしたアイスクリームを合わせます。
このように自分の感じたことを具体的な言葉にしてみることで、テーマが見えてくるのです。
(2022年6月30日発行「素材のちから」第45号掲載記事)