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コロッケで、じゃんけんをする

夏の終わりに、わたしは海のある町に引っ越した。それと同時に、男子5人とシェアハウスでの生活が始まった。

みんなで夕日を見に行った日


生活で変化したことと言えば、歩いていける距離に海があり、綺麗な夕日が見え、美味しいパン屋さんやコーヒー屋さんがあるため、よく散歩するようになったこと。関西出身の人が多いので、関西弁が移ったこと。

それ以外にも、よく自転車に乗るようになったこと。毎日行っていたコンビニに、遠いので行かなくなったこと。体型を気にせず水着が着れるようになったこと。しんどい日も、夕日を見れたら最高と思えること。

いい変化がたくさんあるけれど、一番の変化であり、ここに住みたいと思った理由でもあるのが、毎日一緒に食卓を囲む「家族」がいることだ。


夕ご飯だけじゃない、お昼もつくって食べるのだ。

わたしを含む6人中5人が、リモート勤務なので昼間も家にいることが多い。12時を過ぎると、仕事の手を止めて、味噌汁をつくる。そして、ご飯と納豆と、誰かが一品つくれるときはつくる。おかずがなかったとしても、すごく幸せに思える。

夜も、仕事が早く終わったひとがつくる。最近は、わたしがつくることが多い。自分でいうのもなんだけど、料理は得意だと思う。


味噌汁を飲む同居人


わたしは一人っ子で、18年間父と母と3人暮らしだった。だから今の6人家族、しかも食べ盛りの20代男子と暮らしていると、驚くこともたくさんある。

唐揚げ用の鶏肉2キロは、あっという間になくなる。ご飯は毎晩6合炊かないと足りない。誰かさんは急いでご飯をかき込むので、箸は簡単に、折れる(笑)

おかずやご飯の量が足りないときですら、食卓は楽しい。余った唐揚げをかけて、じゃんけんをして、負けたときは人生終わったかのように落ち込む。ご飯は足りなくなって追加で炊くこともあり、これまた誰かさんが待ちきれなくて炊飯器を開けてしまい、まだ固い米を「早すぎた~~~」と言いながら食べる。そんな時間が大好きだ。


わたしがご飯をつくるときはみんな、パソコンと向き合っていた自分の部屋から走って階段を駆け下り、キッチンへ来て、楽しそうにご飯をよそう。食べながら、何度も何度も「おいしい」と言ってくれる。

「これ、なにが入っているの?」と聞いてくれる同居人もいる。わたしにとって食べることは、「知る」ことの延長。知的好奇心も満たしてくれるものだから、そうやって味わってくれるのも、うれしい。

そして、「あぁ、おいしかった~。これ、またつくってくれへん?」という。その言葉を聞いて、今日も1日、幸せだったなぁと思う。


わたしにとって、この家で暮らすことと食べることは、切り離せない。

シェアハウスだけれど、ただ住む場所をシェアしているだけとは思えない。人に紹介することがあるとすれば、きっと「家族」だと言うだろう。毎日食卓を囲むことが、「家族」だと感じる大きな理由なんだと思う。


食卓を囲むなんて当たり前じゃない?と思うひともいるかもしれない。けれど、わたしたちくらいの年齢(20代半ば)だと、きっと1人暮らしのほうが主流だし、シェアハウスをしていても生活リズムがバラバラだったりして、なかなか「みんなで食卓を囲む」ということはないと思う。

自分の育った家を出て、いわゆる「家庭を持つ」ようになるまでの期間、そんな風に過ごせることはめったにないんじゃないだろうか。


そして、最近別れたパートナーとは、食事にまつわる価値観が違って、別れた(理由はそれだけではないけれど)。過ごしてきた環境が違うと、こんなにも「食べる」ことの意味合いが違うのかと驚いた。

わたしの実家は新潟ということもあって、食が豊かだったうえに、母は抜群に料理が得意だったので、毎晩何品ものおかずが食卓に並んでいたし、グリーンカレーやパエリアなど、ちょっと変わったものもつくってくれていた。

だから、食卓が豊かであることはわたしにとって当たり前だったし、「これは〇〇さんちのおばさんからもらって…」とか「これはなにが入ってるの?」とか、食卓に並ぶ食べ物にまつわる話をしながら家族3人で食事をすることが、とても幸せな時間だったのだと思う。


一方、パートナーの家はお母さんが夜勤のある仕事をしていたり、あまり裕福な家庭ではなかったりしたこともあって、わたしのように「家族と食卓を囲む」ことが普通ではなく、食事にまつわる原体験が少なかったようだった。

一般的になった「親ガチャ」という言葉のように、家庭環境は選べない。そして、わたしたちは「対話を通して価値観の違いを乗り越える」という目標を掲げてはじめたパートナー関係だったから(詳しくはこちら)、「そんな彼をどうしたら受け入れられるか?」ずっと考えてきた。


けれど、わたしが「おいしくつくれた!」と思ったご飯も、彼がなにも言わず淡々と食べていたとき。何品かつくって、「ありがとう」よりも先に「こんなにつくらなくていい」と言われたとき。わたしは心で泣いていたのだと思う。今考えると、彼にとって食事は「お腹を満たすだけの行為」に過ぎなかったのかもしれない。

そうやって、わたしにとって一番幸せなはずの食事の時間が、どんどんと楽しめなくなっていた。それ以外のことに関してもきっと、自分の幸せよりも「彼に嫌な顔をされない行動」を知らず知らずのうちにしてしまっていて、自分にとっての幸せな時間を諦めて過ごしていたときに、この家と出逢った。

この家では、みんながわたしのつくったものを毎回「おいしい、おいしい」と言って食べくれる人がいて、人と一緒に食卓を囲む時間を持てるようになって、「あぁ、わたしにとっての幸せはこれだった」と、自分を取り戻すことができた。

「そいちゃんのご飯をおいしく食べてくれる人と、一緒にいられるといいね」と言ってくれた人もいた。本当にその通りだと思う。わたしが幸せだと思うものは、わたしが守らなきゃいけないものだ。

そんな彼ともお別れをして、毎日泣いていたわたしが、今は毎日笑って、6人家族で暮らしている。


これを書いている今日は日曜日。

午後少し昼寝をして、起きたあとは散歩がてら、コーヒーがすきな同居人ふたりと豆を買いに出かけた。秋の夜風を浴びながらの散歩は、それだけで幸せだなぁと思える。スキップをした。

今日の晩ご飯はコロッケだった。10個入りをひとつしか買わなかったので、ひとり1.5個食べて、残りのひとつはじゃんけんで勝ったひとがかっさらって、負けたみんなでしょんぼりした。次は3パック買おうね。


昼寝をする同居人
いつでも海に行けるように、ビーサンと海パンで過ごす同居人
散歩をしていたら、海で駄々をこねていた犬


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そい|内藤千裕
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