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【小説】聖夜、誕生と滅亡――23:59

『初めまして。この世界を救いたいですか?』
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 満天の星が厭に煌めいている。それはクリスマスイヴの夜のことだった。街中がイルミネーションに彩られる中、俺は一人Lのつくコンビニで買ったスパイシーチキンを食べていた。
「あのコンビニはもう行けないな……」
 別に俺がもうすぐ引っ越すわけでもなければ、あのLO-損が経営難で潰れるわけでもない、単純に、「ファミチキください」って言ったせいで店員にすごい目で睨まれたからだ。
 令和元年、19歳の冬。今年もクリスマスは一人で過ごすことになりそうだ。ようつべでVtuberたちがクリスマス配信やってるの聞きながら寝るか、そんなことを思って街灯の下を歩いている。駅のロータリー前の開けたその時、急に周囲から喧騒が消えた。聞こえるのは困惑の声。色とりどりのコートに身を包んだカップルたちが一斉に空を指す。なんだどうした、ふたご座流星群でも降ったか?それともUFOでも墜落してきたか?そんな、半ば呆れのような感情をもって空を見上げると、俺の開いた口はそのまま半分塞がらないこととなった。予想はちょいちょい当たっていた。確かに星だし、確かに未確認飛行物体。つまり……。
 寒空の下に、青白い光に包まれた、無数の岩塊が降り注いでいた。
 突然の人生終了までのカウントダウンに俺は驚きを隠せない。このままではいけない、だからこそこのままではいけないと思う。なんて、某環境大臣ばりの思考が炸裂するが、むろん何の解決にもなりはしない。
 ひと際大きな隕石が聖夜を祝うかのように煌めき、直後駅舎を貫通した。崩壊する建造物、鳴りやまない悲鳴、ああこれが終末期か。贅沢は言わない。人生で一回は彼女作ってデートしたかったよ。なんて、くだらないこと考えて、俺の真上の天空で、また青い光が輝いた。人生はなんて理不尽なんだ、目をつぶって終わりを待つ。口をついて叫んだ、
「パルキアのバカヤロー!!!」
 こだまする無駄な叫びは着弾の爆音で掻き消された。
・・・・・・・・・
 ……あれ?まだ意識がある。俺は死んで無いのか?恐る恐る目を開く。確かに世界は終わっていそうだった、街と呼べないような文明の残骸、明かりの消えた一帯を照らしているのは青い隕石の証明だけ。
 世界が静止していた。俺にぶつかったと思っていた隕石は俺が上に手を伸ばせば届く距離で浮いている。爆砕音が一瞬で消え、不気味な空間だけがその場に残った。
「はじめまして。この世界を救いたいですか?」
 後ろを振り返ると、いつの間にか女が立っていた。見た目にまだ、中学生ぐらいだろうか?だが、その肌は病的に白く、髪も目も透き通るように青い。何より俺のほかにこの隕石を浴びて生き残っている。一目でただの人間ではないのだと、むしろこの隕石に関連する人物だとアタリが付いた。
「この世界を救いたいかだって?」
 質問を咀嚼するようにオウムで返す。
「はい。現状、あなただけがこの惑星を平常に戻すための可能性を秘めています」
 なるほど。ならば、答えは一つ。
「もちろん、救う気はさらさらない」
 青色の彼女は小さく驚いて、しかし薄く笑ったように見えた。

「救う気はない、ですか」
 風一つない静かな世界に機械的な声が不気味なくらい透き通る。
「ですがあなたの夢は死ぬまでに女性と交際することではないのですか?」
「ああ」
「でしたら、もう少し世界を存続させたほうが良いのでは?」
「いや、このまま世界が残ったところで俺に彼女ができる未来なんて永遠に来ないさ」
 蒼い女の子は眉を顰める。
「それよりあんたはこの星を残してほしいのか?この隕石と関係ありそうとお見受けしたが」
「私は案内人です。それ以上でも以下でもありません。この星の行く末を見届けるだけです」
「だったら、案内してくれ。俺はどうすればいい?」
「あなたは今、一時的に時間を操る能力を操る能力を手にしています」
「時間を?」
「いわば、神です」
「かみ!?」
「ただし、その力はこの砂時計が落ちきるまでしかありません。加えて一回しか使えません」
 どこから取り出したのか、青い砂がさらさらと光る、不気味な巣案時計を渡された。
「さあ、ご判断を」
 少し考える。世界を戻したいのなら、時間を戻せばいい。だがあいにく俺にはこの世界に大した思い入れはない、どころか憎悪のほうが強いかもしれない。ふと、くだらないことを思いついた。
「あんた、名前は?」
「ありません」
 間髪入れずそう返された。
「なんか考えてくれよ」
「ないものはありません」
「じゃあ、彗星にちなんでスイって呼ぶよ」
「私の呼称にそれほど意味があるとは思えませんが」
「一時間、時間が止まったままで猶予があるんだろ?」
 そう言いながら、スイの手を取る。こんなこと現実では絶対にできない。スイの手は氷ように冷たく、石のように滑らかだった。
「そうですが」
「せっかくのクリスマスイヴだ。一時間だけ俺とデートしないか?」
 割れながら支離滅裂で荒唐無稽な誘いだと思う。
「私は、」
「あんたと一時間過ごして、俺が満足出来たら世界を再生する。案内人の仕事の一環だと思ってくれないか?」
 スイは直立不動のまま、目を瞑って静止。3秒後に目を開いて言った。
「了解しました。私はスイ、あなたとデートを実行します」
 天上の星空を埋め尽くす、無数の彗星。その破壊力は世界崩壊級。砂時計は刻一刻と落ち続けている。

 駅舎は破壊されてしまったが、街のほかの場所は大きな被害がまだ出ていないようだった。手をつないでイルミネーションに彩られた街路樹の傍を歩く。
「具合はどうでしょうか」
「悪い気はしないけど……思ってたほどいいものでもないな」
「そうですか」
 会話が一切続かない。しかし、スイは事務的な会話しかしないわけではなく、機械的に会話しているだけなのだ。つまり、こたえられることにはすべて答えてくれる。どこから来たの?――並行世界から。どうやって地球まで来たの?――彗星に運ばれて。スイは宇宙人なの?――人間でした。
「人間?」
「私は並行世界の地球に住む人間でした。その星が隕石によって破壊されたとき、私は一人だけ惑星の光線を浴びていました。その瞬間に身体は変容し、私には新しい自我が生まれました」
 少し驚いた。ピンとくる話ではなかったけれど、人間のような確かな安心感が彼女にはあったからだ。
「ほかの惑星をこの彗星が破壊した時も、スイは案内役をしていたのか?」
「私が案内をするのは初めてです。そして二度目はありません。この星がどうなろうと私は消滅します」
「ふーん」
 指が絡まった。リアルな感触が伝わってくる。騒々しく閑散とした繁華街を誰かと話しながら歩くのは楽しかった。それはデートだからというより、あまりの非日常に拠るものだったが。
「俺の能力は何なの?」
「私が与えたものです。正確には、私の住んでいた地球がもたらした願望の結晶」
「重いな」
「行使するかはあなたの自由です」
「わかってるよ」
 そんな配慮は必要ないのに、俺はスイを暗がりへ連れ込んだ。抱きしめた感触はやはり固く、冷たく、けれど安心できた。
「まもなく時間です」
 俺とスイは崩壊した駅舎の前に戻っていた。
「時間を戻しますか?」
「ああ。どうやればいい?」
「戻したい対象に触れて、意志を表示してください。ただし、彗星はあなたの意識の中でグループ化すればまとめて時を戻せます」
「成程」
 俺は手を上に伸ばした。光をまとった岩塊は怪しくも美しい。表面をなぞり、離した。
「どうされまs」
 スイが言い終わる前に彼女の背中をつかんで引き寄せた。
「悪いな、俺は並行の地球の願いには応えられそうにない」
 身じろぎ一つせず、こちらを見つめるスイ。
「時間、戻れ」
「……!」
 俺の腕の中でスイの時間が戻っていく。髪の色は青から紺へと、肌は白から褐色に、目は焦点が定まって深みのある青へと移り変わる。
「あなたは一体何を……」
 スイの頬が赤く染まっていく。そして、はっと気づいたように、
「何をしてるんですか!時戻しは一回しか使えないんです。私に使ってしまったら……」
 あたりの空気の流れが一瞬歪んだ。彼女が腕の中でビクンと肩を揺らす。
「悪いな。でも、どうせだったらこんな終わり方も悪くないんじゃないかと思ってさ」「けどっ……!」
 密着した肌からはスイの体温が感じされる。そこには年相応の女の子の姿があった。
「スイに会えてよかったよおかげで楽しめた」
 蒼い砂時計が全て落ちた。周囲に爆音が戻る。その場に遺されていた時計が、午前0時を告げる。滅びゆく地球のどこかで、彼は叫んだ。聖夜に祈りを、星に願いを。

「メリークリスマス!」

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