スイッチ。

いつか、東北を車で旅した。
湘南を出発して、新潟の日本海まで行き、そこから海沿いに北へ。

鳥海山の横を通り過ぎるとき、大雨で、海に稲妻がたくさん落ちていた。
幾筋もの紫色の光がギザギザに、荒れた暗い海に刺さるのを見て、スイッチが入った。
日常から、非日常へ切り替わるスイッチ。

いや、逆なのかもしれないとも、思う。

日々自分が日常だと信じている頭の世界、つまり思考の世界から、感覚の世界へと、ある意味の現実の中へと。


来年からまた講義をするというので、いろんな事を、思い出そうとしている。
少しアレンジの必要な講義名。ヒントを見つけようと、図書館で「ムナーリのことば」という本を借りて来た。

まあ、言葉をある部分だけ抜粋するのは誤解の元なので、あまり信用しないが、そういう本である。ブルーノ・ムナーリの言葉を、大きな文字で読みやすく、たくさん連ねた本である。

開いた最初のところに、

「すべてが芸術なら、何も芸術ではあり得ない」

ブルーノ・ムナーリ著、阿部雅世訳 「ムナーリのことば」平凡社、p16.

と書かれていた。

ああ、と。スイッチが入った。

ひとつの言葉。ひとつの風景。ひとつの・・・

ふと、内的な深いところへと引き込まれるトリガーとなるもの。

私は、こういう落とし穴のようなものが好きだったなあと。

自分の思考へ、感覚へ、内的な何処かへと、落ちて行く、そんな時間が好きであったなと。

思い出したのだった。

前職では、周囲の期待に応えるために、わけのわからない思考のままに、講義や実習をやっていた時期があった。自分が何をしているのか、だんだんわからなくなった。

感覚を失っていたと思う。

春からは、感覚を持ち得たままに、同じ立場に戻れること、ささやかなる願いなのだ。

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