不真面目な上司。の思い出。
今朝、不真面目に関する・・・いや、ただの昔の会社時代の思い出話を書いて、芋づる式に思い出したのが、当時の上司。
当時の仕事はキツかったけど、優しかった会社の人々のうちの、一人。
彼は部長、ぶちょー、であった。
見た目もダンディーで、カッコよかった。
そんな彼は、スキーとヨットが好きだった。奥さまも別の部署のブチョーで、白いスーツ着たりして、ショートヘアの、女性ながらめちゃくちゃかっこいい上司だった。その奥様の旧姓は貴族の名前であり、お金持ちのお嬢様だったとか。ベルボトムのデニムを履いたヒッピーみたいだった部長が、お金持ちのお嬢様である綺麗な人に恋して、結婚を申し込む話、飲み会で何度か聞かされた気がする。もしかしたらそんなイメージだっただけなのか。
そんな憧れの二人に、一度、熱海の別荘に招いてもらってヨットに乗せてもらったことがある。別荘は海に面していて、ベランダにはバーカウンターをブチョーが作っていた。夜、海を見ながら、波の音を聴きながら一緒にお酒を飲む。そんな二人だった。
会社での部長の席は、よくあるように、私たちに対面する形で机をこちらに向けて座る形になっていた。
机の上にはパソコン以外、何にもない。
机の下には、デスクワゴンが二台、置いてあるだけ。
こちらから見ると、デスクワゴンの背面しか見えないから、そこに何が置いてあるのか分からないけど、実は、そのデスクワゴンに入っているものは、全て、ヨットの本だった。
私は、その頃、冬になると何時間もかけて、週末になると仲間とスキーに行っていた。寝不足でも徹夜でも絶対に行く。会社から直接行ったり。そのくらいスキーのことしか考えていなかった。
平日は週末にスキーに行くために、徹夜でもなんでもして、何が何でも土日は出勤しない。(そのころは当たり前にみんな土日出勤していた)
金曜の夜、ヘロヘロな中、ほとんど寝ずに山へ向かう。土曜は日が暮れるまで滑る。土曜の夜は、安宿で飲んで爆睡。
日曜も朝から日が暮れるまで滑り、大渋滞の中、東京につくともう夜中だった。そこから少し寝て会社に行くので、いつも月曜の朝は使い物にならない。
「雪山に、魂置いて来ました〜」
夢枕獏の小説『神々の嶺』のなかの、主人公深町の気持ちがよくわかる。ビルの間から見える雪山に胸を焦がす、あの泥臭い主人公。その本を通勤電車で読んで何度も泣きそうになった。
月曜の朝10時からいつも部会があった。
それにいつも遅刻気味。
部長は私がスキーに行って寝過ごしているのを知っている。
毎回、毎回かなり怒られていた。
ある時、印刷室に呼ばれて、本当に大声で怒られた。怒鳴られた。
それを聞いていた私の室長が、かなり心配して、あとで
「大丈夫だからね、あまり気にしないでいいから。けど、月曜はなるべく遅刻しないで来てね・・」と、控えめにフォローしてくれたが、私は、平気だった。
なぜかというと、部長は、立場上、わざと怒っているのだ。
傍目から見たら、そりゃめちゃくちゃ怒られているし、若い女子社員に何を厳しく・・・と思われたかもしれない。
でも、私は、部長が私と同じように、実はヨットのことしか考えていないし、怒鳴っている時も、目が笑っていることを知っていた。
それは、部長と私の、意思疎通であり、秘密のようなものだったのかもしれない。
だから、そんな風に怒られた後も、一度も気まずくなったことはない。
今は、熱海のヨット協会だかなんだか知らないが、会長みたいなのになって、奥さんの名前をつけた自分のヨットに年に一度、オーストラリア辺りまで遠征したりヨット三昧の日々を送っている。
まさに、海の男。
今でも大好きな部長である。
そう、今思えば、私があの頃、考えられないハードワークを耐え抜いていたのは、不真面目だったというよりも、スキーのおかげだったのかもしれない。
毎週、魂は、雪山に置いて来た。
雪山に行くと、心が整って、自分が何を欲しているか、間違えることがなかった。
強くなれたのだった。それは絶対的な信頼だった。