
痛風確定? 〜発症日のリアル〜
いつものように幼稚園から帰宅する息子を迎え、夕食前の騒がしい時間が始まっていた。
妻が食事を用意してくれるまでの間、息子と娘のおもちゃの取り合いの制止をしたり、双方の遊びたい事の兼ね合いに忙しい。
「車作ってー!」
息子のブームはダンボール工作だ。
私自身工作が得意なわけではないのだが、不器用なりに作ったダンボールの車がとても気に入ったらしく、次はこんな形にして、タイヤはこうね、といった感じでどんどん要求が高度なものになってくる。
息子自身に色々試して欲しいと思い、
「パパが作ったのを見て自分でやってみたら?」
と投げかけてみても出来ないからやっての一点張り。
かたや娘の方はまだ小さく、ウーウーと唸りながらその体にはまだ大きい絵本を片手にヨタヨタと歩いてくる。
まだ歩き始めて間もないので、少しの障害物で転びそうになる。
そしてそこには息子が広げているダンボールがあちこちに散乱しているわけで、それは娘からすれば転ぶためのトラップと言ってもいいくらいである。
トラップを取り除き、ダンボールを切り、合間を縫って絵本を読む。
妻が台所で食材と格闘しているその隣の部屋では、私もまた子供たちと格闘する時間が今日も流れていた。
その喧騒の中ふと、ある違和感に気付く。
(足の親指の付け根が変だな…)
正座の状態でつま先を立てる姿勢を取ると、少し痛いような気がする。
ひどい筋肉痛の箇所を伸ばすと痛いあの感じに似た痛みだった。
ひねったり変に足を付いたりしたのかな、と思うのと同時に、まさかとは思うが今回のタイトルでもあるアレを疑い始めた。
そう、【痛風】である。
数年前に健康診断で異常のあった尿酸値。
まだ若いし大丈夫、実際痛風を経験している人の話も、そりゃもう痛いは痛いけど、薬を飲んでいれば大丈夫。と聞いていたのでそこまで気にはしていなかったし、酒好きの同僚と飲み会の席で、ビールが進むとお互いに、痛風になりますよ〜等と冗談のネタでしかなかった。
という訳で再検査を無視していた尿酸値。
当時の数値はうろ覚えではあるが8.5くらいだったはずだ。(正常値は7.0以下)
これはいつ発症してもおかしくない数値なのだが、個人差があって、もっと高くても発症しない人もいるらしい。
まさかな…と思いながらもやはりまだネタとしか思えていない私はTwitterを開き、アレか、アレなのか、等とふざけたツイートをしたのだ。
足の親指の付け根が痛い…
— ソウソウ@男鹿の鉄人 (@sawag99655832) February 8, 2022
アレか…アレなのか……。。。
もちろん足指の痛みは気のせいで、数時間もすれば忘れている。
…はずだった。
痛風か? ヤバイぞ! 痛風仲間へようこそ!
などの少しおちゃらけたリプライのやり取りをしていく間、少しずつその痛みは増して来たのだった。
(いや、なんかホントに痛いな)
食事を終え入浴の時間になると、さっきの正座してつま先を立てる姿勢が痛くて取れなくなっていた。
わが家の居間は和室スタイルで床にそのまま座って過ごしているため、この姿勢になる頻度が高いのだ。
「これはまずい、マジか」
なんとも意味のない、この言葉が何度も脳内で再生される。
痛いのは事実なのだが、ぶつけたとかの要因がないのにその痛みが増していくことに、思考での解決が追いつかないのだ。
痛風とは、風が吹くだけで痛いという意味と、痛みが風のようにやってくるという意味で命名されているらしい。
理由なく増していく痛みへの不安が、強風のように容赦なく襲い掛かって来ていた。
不安の中入浴を終え、寝室へと向かう。
既に足を床につくと痛い。少し足を引きづりながら二階へと向かい、これはもう痛風だろうと確信に変わり始めていた。
(今日は早めに寝て明日朝イチで病院だな)
早めに身支度を終え、ベッドへと入る。
少しずつ増していく痛みが気になるあまり、隣の子供たちと妻のやり取りもほぼ聞こえていなかった。
寝る前に病院の検索をしようと思ったのだが、これ以上痛みが増す前に寝た方が良さそうだと、スマホをロックして布団に潜る。
ジンジンズキズキと痛みがまた強くなっていくのをグッと堪え、目を閉じ朝を待つ。
長い。これほど夜が長く感じた事はなかった。
ずっと片想いしていた憧れの女性と初めてのデート前夜でさえ、ここまでではなかったはずだ。
どの服を着ようか、香水はつけるか否か、パンツは新しいものがいいか、ゴムは用意しておくべきか…いや、まだ早いかさすがに、でももしかしたら…
そんな楽しい妄想の夜はどれほど長くとも幸せな時間であることは言うまでもない。
今夜、頭の中にあるもの、それは
(痛い…明日朝イチで病院だ…起きたら病院を調べてすぐにでも出発…)
この言葉を脳内ミュージックアプリで永遠とリピートして過ごす夜。
ある意味これも初夜ではあるが、さっきの初夜の心配とは天と地よりも差が大きい。
眠気と痛みのせめぎ合いはもちろん痛みの圧勝。
足の指の付け根だったはずの痛みはなぜかふくらはぎのあたりまで上がって来ているような感覚にまで来ていた。
痛い方の左足が動かせない。
寝返りしたくとも、痛くて動かしたくない。
痛くない右足を動かして左足が少し布団に擦れるだけで、脳はすぐに患部の繊細な情報を増幅し痛みとして認識する。
(いででででで…)
(つーーーーー…)
やっとの思いで寝返りをすると、今度は体勢が変わった事による患部の血流の変化を、さっきと同じように大きな痛みへと変換し襲い掛かってくる。
(これはまずい…マジか…)
また何の意味も解決方法も持たない言葉の登場だ。
深夜、足の痛みで救急車を呼ぶのはさすがに気が引けるという常識人気取りの、激痛に追い込まれた中年男性には、他に何か気の利いたボキャブラリーなどあるはずもない。
脳内ミュージックアプリに追加され2曲になった私のプレイリストが幾度となくシャッフル再生されていく中、そこに3曲目、4曲目が追加されようとしていた。
(トイレ行きたい…)
(でも足痛くて行きたくない…)
しばらくその2曲がリピート再生された後、私は決意した。
「よし、トイレに行こう」
痛みで感覚がもはやよくわからない足で立ち上がる事を決める、それはこの状況の中では、まるで黄金の国ジパングへと旅立つマルコポーロの決意の様であった。
布団をずらすだけで何度も訪れる痛みを堪えて起き上がり、ベッドの端に座る。
ゆっくりと足を床へと下ろすと、足先へ血が流れ、それが血管を針のようなもので強く押している様な痛みが足先を包んでいく。
(てててででで……)
声にならない。
早く行ってこようとグッと立ち上がる。
「いでっっっ」
庇いながらついたはずの患部である左足がまた悲鳴をあげ、思わず声が出る。
転びそうになり思わず右足でドンッ、と踏ん張る。
「大丈夫!?」
その音に驚き起きた妻が顔を上げる。私は痛くて声が出せないのを待ち、ひとつ深呼吸をしてから、トイレに行きたいんだと告げると、肩を貸してくれた。
まるで介護されているようでなんとも情けなかった私は、なんとか自分で歩こうとするが、何かに捕まらなければ歩けないほど足は痛くなっていた。
なんとかトイレに誘導された私はハッと閃き、妻にこう頼んだ。
「下に薬箱があるはずだから、痛み止めがあったら持ってきてくれない?」
義親が常備してある置き型の薬箱の存在を思い出したのだ。
「そうなの?どこにあるの?」
妻も私も大の薬嫌い。年に一回も薬を飲まないなどザラなので、自分の実家にも関わらず、妻はその存在すら知らないのであった。
私は以前在宅中にその営業マンが訪問して来た事があり、薬箱の場所がわからず出直して貰うようにお願いした事があったから、その存在は知っていたのだった。
それをこのタイミングで思い出したのだ。
いささか遅すぎたのは否めないが、今日一番のファインプレイである事は間違いない。
痛み止めがあるかもしれない、そう思うだけで少し気が軽くなった気がして、トイレの後自力でなんとか寝室に戻り、妻も戻ってきた。
「薬箱、見つからなかった」
そんなはずはないと自分で探しに行くにも、この足では階段を降りるのを想像しただけで激痛が走る。
絶望のように感じられたこの言葉。
ふと刺した一筋の光であった薬箱、もし見つけられたのなら、痛み止めは間違いなく入っていたであろう。
私にとって黄金の国ジパングは、この薬箱の中の痛み止めだったのだろう。
トイレがそれだと思い旅立ったのだが、さらにに見つけたのが痛み止めであって、この痛み苦しみから解放されるというのが最高の結末であり、それが見つからなかった今。
やはり私はマルコポーロにはなれず、黄金の国などなかったのだ、と祖国に悲報を伝え、国民を落胆させる苦い思いを味わう事になっていたことだろう。
ただ、今は大航海時代ではない。
この夜を越え、病院にさえ行けばなんとかなる。
目的は黄金の国ではなく、痛みからの解放、痛風の治療なのだ。
痛みのせいで時計など見る余裕などなかったが、もう少しだと自分を奮い立たせる為にも恐る恐る時計を確認した。
スマホのロック解除ボタンを押し、パッと付く画面に目が眩む。
目をゆっくり開けると現在の時刻は
【3:15】
3時…15ふん…。
ミリオンゴッド世代の私は思わず、サイコーと読むわけだ。
このサイテーな夜に。
「痛風確定のリーチ目ってか?この野郎」
「いでで…クソが…」
病院が開くまで5時間余り。
まだまだこの長い夜は続くようだ。
次回へ続く
最後までご覧いただきありがとうございました。
今は痛くてこの事しか考えられないのでそのまま書きましたw
続きは出来次第アップしますのでよろしくお願いします。
体は資本、健康はなによりも大切です。
大事にいたわりながら行きましょう。
皆さんの健康をお祈りして、あとがきとさせていただきます。
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