【岐阜】サラマンカ第9を終えて
●オーディションを経てさせていただきました。
15日土曜日に、岐阜サラマンカホールの25周年記念第9演奏会、県民代表合唱団として出演致しました。
3月半ばの出演権をかけてのオーディションから始まり、、、
約3ヶ月間に渡る夜間の練習会を経てのステージ。選抜されたんだぞ、と言う意識で自らに課題を貸せつつ、けれども、非常に伸び伸びと練習段階から唄わせて頂きました。
●特殊な形態での団員構成
今回は、団員皆さんが実力があり唄える人間ということで、合唱団員、パートを転々バラバラにするスタイルを取りました。つまり、前後隣に同じパートの人間がいない。ベースパートの僕を、例に挙げると、隣前後は、アルト、ソプラノ、テナーのみ。自分の音程は自分で責任を取らねばいけません。そして、シャッフルして東京混声合唱団のメンバーさんが配置される形になり。
●山田和樹先生と東京混声合唱団と…
そして、何よりも山田和樹先生の指揮と、東京混声合唱団さんとの夢の共演ができました。特に、前日リハと当日ゲネでは、サラマンカ少年少女合唱団へのフォローもしっかりされてて、若き芽を育てる意思のある先生だと関心しました。そして、舞台上の立ち位置、偶然にも隣に東混さんのアルトパートの方のポジションでした。とても綺麗なお嬢さんで、色んな意味で緊張しつつ。
●心から楽しみました。
無事に本番を終えまして、やりきった、と言う充実感。特に、ゲネプロを終えても指摘されていたプレスティッシモは確実に歌唱できたと感じは掴めました。
しかし、まだまだ、今後第9のみならず、合唱・音楽をさせて頂く中で課題とせねばならぬことという良きお土産を得ることができました。
また、他の団員さんの所属団体の情報交換や、僕の所属団体の情報交換ができたのも有益でした。
●市民合唱団の団員として成長するには?
ここからは、内緒ハナシ。東京混声合唱団さんの方に、ゲネプロの前に、「市民合唱団の一員として成長していくためのアドバイスを下さい」とコソッとお尋ねしました。
①毎日唄うべし。
東混さんの多くは学生時代も合唱部の方々も多くて、僕自身も高校生時代は合唱部でしたから、学校のある日は、テスト準備期間以外の日は歌ってました生活でした。それと同じことをしてくださいと。
社会人の団体では、週2回は多い方と思われるのですが、まだまだ少ない。練習量は足りない。それくらい時間を注ぐこと。
②各団員、各パート間で意識を持つ。
練習例として、各パート一人で四人のグループを結成すること。そして、そのグループが歌いあい聞き合いで切磋琢磨していく練習案。自分が構成員として重要な役割なんだと意識すること。
③自分なりの歌詞の意味を想像すること
これはゲネプロの際に、山田和樹先生からのアドバイスです。第9の歌唱箇所のドイツ語に関して、自分なりの訳文を作って欲しい。
これは、山田先生が、がん患者さん中心の第9合唱団を作った際に、全員に宿題にさせ、提出してもらったところ、大変驚いたとのこと。
実は、ゲネ終わり、本番前声出しまで、僕も本番前の休憩時間に、英語のリーディングの授業のように、左にドイツ語、右に自分なりにの訳文をノートに作成しました。なんかスッキリした気持ちになって本番を迎えることができました。
●最後になりましたが
サラマンカホールの関係者の皆様、山田和樹先生、東京混成合唱団のメンバーのみなさま、県民合唱団のメンバーのみなさま、を始め関係各位のみなさま、ありがとうございます。