漢字に潜む古代中国文化への窓 (25):「如」・「若」
前置き
古代中国の発想、世界観などを追求する際、古代中国語の上古音における音象徴を参照すると、役に立つヒントを得ることが期待できます。今まで、「氣(気)」、「門」、「完」・「官」・「或」、「令」・「良」、「龍」、「包」、「此」、「隹」・「鳥」、「需」、「方」、「且」、「付」、「莫」、「由」、「麗」、「甲」、「肖」、「交」、「亶」、「九」、「尞」、「麻」、「盧」と「辟」を見てきました。今回は、「如」・「若」が音符として働く形声文字における音と意味の関連性について調べます。
上古音の構成
上古音の構成は:声母 + 介音 + 韻尾。声母 = 音節の最初の部分。介音 = 母音あるいは半母音。韻尾 = 音節の末尾に位置する音。
研究背景
言語学者により定着してきた「上古音における音象徴の存在」論に基づいている当方の見解では、「如」・「若」の場合、音と意味の間に次の関連性が見られます。声母は歯茎鼻音で、表している意味は「柔軟な」です。韻尾は軟口蓋閉鎖音で、意味を表しているよりも単語の発音がここで「終了」するのを知らせます 。なお、「意味」より広く、「概念」、「イメージ」としても考えて良いです。声母が言葉の主要意味 (概念・イメージ) 、韻尾が言葉の二次的な意味 (概念・イメージ) を表します。
「如」の字形
「女」は、しなやかな女性の象形文字です。意味 = おんな。め。むすめ。おとめ。
「如」は音符「女」+ 意符「口」 (くち) 。 意味 = ごとし。しく。ゆく。もし。もころ。
本来的な意味: 人の提案に対して柔軟な態度を取る。
現在の意味は全て比喩的なもの。
「如」が音符として働く形声文字で、「柔軟性」の意味を表します。
「如」が音符として働く形声文字の実例
茹:意符「艹」(くさ;植物) 意味 = ゆでる。うだる。
本来的な意味: 煮沸により柔らかくなった植物。
恕:意符「心」(きもち) 意味 = ゆるす。おもいやる。
本来的な意味: 寛容や許しの柔軟な態度。
絮:意符「糸」(いと) 意味 = わた。
本来的な意味: 柔らかい綿糸。
「若」の字形
「若」は、髪をとかしているしなやかなわかい女性の象形文字です。意味 = わかい。ごとし。なんじ。もし。もしくは。
「わかい」以外の意味は借用により。
「若」が音符として働く形声文字で、「柔軟性」の意味を表します。
「若」が音符として働く形声文字の実例
匿:意符「匸」(封じ込める;隠す) 意味 = かくれる。ひそむ。かくす。
本来的な意味: 容器に隠されたしなやかな桑の葉。
惹:意符「心」(きもち) 意味 = ひく。まねく。
本来的な意味: 柔軟な(受け入れる)心の状態を克服するほど強い挑発。
諾:意符「言」(ことば) 意味 = こたえる。うべなう。
本来的な意味: (比喩) 同意のしなやかな言葉。
ボーナス記述
「奴」は、音符「女」+ 意符「又」 (て;動作の記号) 。 意味 = やつ。やっこ。
本来的な意味: しなやかな女性の使用人または奴隷。
やがて、「激しく働く女性」のイメージが定着した。従って、「しなやか」を表す「如」と「若」と違って、「奴」が音符として働く形声文字で、「激しい」の意味を表します。
「奴」が音符として働く形声文字の実例
努:意符「力」(ちから;エネルギー) 意味 = つとめる。はげむ。
本来的な意味: 「奴」と同じ。「力」が意味を明確にする。
弩:意符「弓」(ゆみ) 意味 = おおゆみ。いしゆみ。
本来的な意味: ある種の特に強い弓。
怒:意符「心」(きもち) 意味 = いかる。おこる。
本来的な意味: 激しい感情。
拏:意符「手」(て;動作の記号) 意味 = つかむ。ひく。
本来的な意味: つかむ、ひくなどの激しい活動。
異体字の「拿」が「奴」の代わりに「合」(押し合う) を使う。
駑:意符「馬」(うま) 意味 = のろい。にぶい。おろか。
本来的な意味: 激しい運動で疲れ果てた馬。
「おろか。」の意味は比喩的。
まとめ
形声文字の音符として働く「如」・「若」の文字には、声母の歯茎鼻音が表す「柔軟な」という意味を表します。一方、「しなやかな女性の使用人または奴隷」を本来的に表した「奴」の場合、「しなやかな女性」という部分が消え、音符として働く形声文字に「激しく働く → 激しい」の意味を表します。韻尾は軟口蓋閉鎖音で、意味を表しているよりも単語の発音がここで「終了」するのを知らせます 。
では、Until next time.