漢字に潜む古代中国文化への窓 (30):「咢」

前置き

古代中国の発想、世界観などを追求する際、古代中国語の上古音における音象徴を参照すると、役に立つヒントを得ることが期待できます。今まで、「氣(気)」「門」「完」・「官」・「或」「令」・「良」「龍」「包」「此」「隹」・「鳥」「需」「方」「且」「付」「莫」「由」「麗」「甲」「肖」「交」「亶」「九」「尞」「麻」「盧」「辟」「如」・「若」「廷」「參」「比」「合」を見てきました。今回は、「咢」が音符として働く形声文字における音と意味の関連性について調べます。

上古音の構成

上古音の構成は:声母 + 介音 + 韻尾。声母 = 音節の最初の部分。介音 = 母音あるいは半母音。韻尾 = 音節の末尾に位置する音。

研究背景

言語学者により定着してきた「上古音における音象徴の存在」論に基づいている当方の見解では、「咢」の場合、音と意味の間に次の関連性が見られます。声母は軟口蓋閉鎖音で、表している意味は「枠」です。韻尾は軟口蓋閉鎖音で、意味を表しているよりも単語の発音がここで「終了」するのを知らせます 。なお、「意味」より広く、「概念」、「イメージ」としても考えて良いです。声母が言葉の主要意味 (概念・イメージ) 、韻尾が言葉の二次的な意味 (概念・イメージ) を表します。

「咢」の字形

「咢」は、音符「屰」(ぎゃく) の異体字 + 意符「吅」(くち x 2)   。  意味 = いいあらそう。おどろく。本来的な意味: (比喩) 言い争いしながら声が交差する。

「咢」が音符として働く形声文字で、「交差する」の意味を表します。

「咢」が音符として働く形声文字の実例

愕:意符「忄/心」(きもち)  意味 = おどろく。
本来的な意味: (比喩) 予想に反して出来事が起こったときの驚きの感情。

萼:意符「艹」(くさ;植物)  意味 = うてな。
本来的な意味: 交差するがくへん (萼片)。

諤:意符「言」(ことば)  意味 = 遠慮なく言う。直言する。
本来的な意味: 率直な言葉のやり取り。

鍔:意符「金」(きんぞく)  意味 = つば。
本来的な意味: 戦闘で交差する剣。
中国語の意味 = 「刃;刃先」。「つば」は元々の意味と関係がない。

顎:意符「頁」(あたま)  意味 = あご。
本来的な意味: 咀嚼時に上下の歯を前後に交差させることができる顎。「齶」と「鰐」を参照。

鰐:意符「魚」(さかな)  意味 = わに。わにざめ。
本来的な意味: 噛むときに前後に交差するギザギザの歯を持つ生き物。「顎」と「齶」を参照。
「鰐鮫」の「鮫」=「顎を閉じると噛み合うギザギザの歯を持つサメ」。

鶚:意符「鳥」(とり)  意味 = みさご。
本来的な意味: 獲物を締め付けるために爪の先を交差させる猛禽類。

齶:意符「齒」(は)  意味 = あご。
本来的な意味: 咀嚼時に上下の歯を前後に交差させることができる顎。「顎」と「鰐」を参照。

まとめ

形声文字の音符として働く「咢」の文字は、声母の軟口蓋閉鎖音が表す「枠」の意味を「フレームに入れられたり、フレームに入れられたりした物体」の形で表します。韻尾は軟口蓋閉鎖音で、意味を表しているよりも単語の発音がここで「終了」するのを知らせます 。

では、Until next time.