漢字に潜む古代中国文化への窓 (3):同族語「完」・「官」・「或」
前置き
古代中国の発想、世界観などを追求する際、古代中国語の上古音における音象徴を参照すると、役に立つヒントを得ることが期待できます。今まで、「氣(気)」と「門」を見てきました。
今回は、「完」・「官」・「或」が音符として働く形声文字における音と意味の関連性について調べます。
上古音の構成
上古音の構成は:声母 + 介音 + 韻尾。声母 = 音節の最初の部分。介音 = 母音あるいは半母音。韻尾 = 音節の末尾に位置する音。
研究背景
言語学者により定着してきた「上古音における音象徴の存在」論に基づいている当方の見解では、同族語である「完」・「官」・「或」の場合、音と意味の間に次の関連性が見られます。声母は軟口蓋閉鎖音で、表している意味は「枠」です。介音は円唇母音で、表しているう意味は「湾曲状;円形状」です。韻尾は歯茎鼻音で、「付着する;接近した」という意味を表します。なお、「意味」より広く、「概念」、「イメージ」としても考えて良いです。声母が言葉の主要意味 (概念・イメージ) 、韻尾も介音も言葉の二次的な意味 (概念・イメージ) を表します。
「完」の字形
「元」:頭を強調した人体の象形文字。頭の形が円形であることがポイント。「元」が音符として働く形声文字の中には、「円形」の意味が「冠 かんむり」にハッキリと現れます。
「完」 :音符「元」(円形) + 意符「宀」 (屋根;建物) 。意味 = まったい。すべてそろっている。まっとうする。最後まで終わらせる。
本来的な意味:円形の壁の中に囲まれた建築物。
現在の意味は「完璧に囲まれた」との連想。
「完」が音符として働く形声文字の実例
浣:意符「氵/水」(みず) 意味 = あらう。
本来的な意味:物を水に浸して洗う。(対象物が水に囲まれた状態)
院:意符「阜/阝」(積もった土) 意味 = (公共・政府関係の建物、裁判所、病院などの) 建物
本来的な意味:土塀に囲まれた建築物。
睆:意符「目」(眼球) 意味 = 目が飛び出る状態。円形。
本来的な意味:眼窩に囲まれた眼球。
筦:意符「竹」(たけ) 意味 = くだ。(円形の) かぎ。
本来的な意味:管状の物に囲まれた空間。「管」と「琯」を参照。
寇:意符「攴」(うつ) 意味 = うるう。あだ。外敵。あだする。害をくわえる。うばいとる。
本来的な意味:襲撃対象を囲んで奪い取る盗賊たち。
「官」の字形
「官」 :音符「㠯」(包まれた物) + 意符「宀」 (屋根;建物) 。意味 = 統治を補佐する人。つかさ。役人。おおやけ。つかさどる。器官。
本来的な意味:政府の公式建物に閉じ込められた人々。
「器官」はおそらく「身体の機能をつかさどる物」との連想。
「官」が音符として働く形声文字の実例
菅:意符「艹」(くさ;植物) 意味 = 萱かや (の一種)。すげ。
本来的な意味:合羽に編み込まれ、体に巻き付けられるために採用された植物
逭:意符「辵」(動き) 意味 = 逃げる。のがれる。避ける。
本来的な意味:危険を回避するために保護された環境に身を置く
棺:意符「木」(き;木材) 意味 = ひつぎ。かんおけ。
本来的な意味:死体を詰めるための木製の物。
管:意符「竹」(たけ) 意味 = くだ。つかさどる。支配する。とりしまる。
本来的な意味:くだ状の物に囲まれた空間。「筦」と「琯」を参照。
「くだ」以外の意味は「官」からの借用であろう。
琯:意符「王・玉」(宝石) 意味 = 玉で作った笛。管楽器。
本来的な意味:宝石のくだ状の物に囲まれた空間。「筦」と「管」を参照。
館:意符「食」(たべもの;たべること) 意味 = やかた。
本来的な意味:「官」つまり「役人」が食事を取る建物。「官」から発生した意味。
「或」の字形
「或」 :音符「囗」(円形の囲い) + 意符「戈」 (ほこ) 。意味 = 存在する。ある。
本来的な意味:円形の塀で囲まれた建物を守る。
「存在する。ある。」は借用された意味。
「囗」の字形は四角いですが、上古音と音符としての意味的な影響から判断すると、「円形」であることが明らか。
「或」が音符として働く形声文字の実例
域:意符「土」(つち) 意味 = 区切った土地。区切られた範囲。
本来的な意味:「或」の本来的な意味「円形の塀」を強調する。
國:意符「囗」(円形の囲い) 意味 = くに。国家、国土。諸侯の領地。故郷。
本来的な意味:囲まれた領域。
新字体は「国」。
彧:意符「彡」(模様) 意味 = あや。
本来的な意味:物を美しい包装で巻き付ける。
惑:意符「心」(気持ち) 意味 = まどう。
本来的な意味:心が囲まれた感じ。
閾:意符「門」(もん) 意味 = しきい。
本来的な意味:囲いのしきいとなる門。
馘:意符「首」(くび;あたま) 意味 = 左の耳を切り落とす。死者を数える。
本来的な意味:敵軍を囲んで殺す。現在の意味は連想からです。
ここで、「或」は本来的な意味 (円形の塀で囲まれた建物を守る) を表す。耳を切り落として、死者を数えるのが攻撃軍か防衛軍は不明。
まとめ
形声文字の音符として働く「完」・「官」・「或」の文字は、声母の軟口蓋閉鎖音が表す「枠」の意味を「完全に囲む」という形で表します。介音の円唇母音が表す「湾曲状;円形状」の意味はそのまま「円形状」で表しています。韻尾の歯茎鼻音が表す「付着する;接近した」の意味は何か「物・人間 」に「付着された状態」を表します。
後書き
「完」・「官」・「或」の同族語はまだまだあります。例えば、
睘 (丸い) → 圜・寰・獧・還・環・轘・鐶・闤・鬟・懁・擐
員 (丸い) → 圓・損・隕・殞・韻
袁 (囲む) → 園・遠・轅・睘
これで、声母の軟口蓋閉鎖音:「 枠」グループの一例を見ました。前回は声母の両唇鼻音: 「潜伏状態」グループでした。次回は声母の有声歯茎側面接近音: 「連続」グループを紹介したいと思います。
では、Until next time.