漢字に潜む古代中国文化への窓 (24):「辟」
前置き
古代中国の発想、世界観などを追求する際、古代中国語の上古音における音象徴を参照すると、役に立つヒントを得ることが期待できます。今まで、「氣(気)」、「門」、「完」・「官」・「或」、「令」・「良」、「龍」、「包」、「此」、「隹」・「鳥」、「需」、「方」、「且」、「付」、「莫」、「由」、「麗」、「甲」、「肖」、「交」、「亶」、「九」、「尞」、「麻」と「盧」を見てきました。今回は、「辟」が音符として働く形声文字における音と意味の関連性について調べます。
上古音の構成
上古音の構成は:声母 + 介音 + 韻尾。声母 = 音節の最初の部分。介音 = 母音あるいは半母音。韻尾 = 音節の末尾に位置する音。
研究背景
言語学者により定着してきた「上古音における音象徴の存在」論に基づいている当方の見解では、「辟」の場合、音と意味の間に次の関連性が見られます。声母は両唇破裂音で、表している意味は「広げる」です。韻尾は軟口蓋閉鎖音で、意味を表しているよりも単語の発音がここで「終了」するのを知らせます 。なお、「意味」より広く、「概念」、「イメージ」としても考えて良いです。声母が言葉の主要意味 (概念・イメージ) 、韻尾が言葉の二次的な意味 (概念・イメージ) を表します。
「辟」の字形
「辟」は、音符 (残存文字) ( 尸 = 体 + 囗 = 囲い) + 意符「辛」 (針;切るもの) 。 意味 = 体を裂いて殺す。君主。王権。開く。さける。本来的な意味: 犯罪者の体を裂いて囲いの中にばらまく。
残存文字の原字が別の組み合わせだったに違いない。
「辟」が音符として働く形声文字で、「広げる」の意味を表します。
「辟」が音符として働く形声文字の実例
劈:意符「刀」(切る道具) 意味 = つんざく。さく。
本来的な意味: 切断された体の部分を広げる。
壁:意符「土」(つち) 意味 = かべ。
本来的な意味: 広がるつちかべ。
薜:意符「艹」(くさ;植物) 意味 = かずら。
本来的な意味: 広がる蔓。
避:意符「辵」(うごき) 意味 = さける。よける。
本来的な意味: (生き物が) 回避行動により広がる。
擘:意符「手」(て;動作の記号) 意味 = さく。おやゆび。
本来的な意味: 物体を引き裂いて中身を広げる。
「おやゆび」の意味は、「他の指から広がったところにある指」の発想から。
檗:意符「木」(き;木材) 意味 = キハダ。
本来的な意味: 枝と枝の間が広がった種類の木。
臂:意符「月/肉」(にく) 意味 = うで。ひじ。
本来的な意味: 肉が広がっているうで。
「ひじ。」の意味は、「腕の一部」の再解釈により。
璧:意符「玉」(宝石) 意味 = たま。
本来的な意味: 表面が広がる宝石。
甓:意符「瓦」(かわら;土器) 意味 = かわら。
本来的な意味: 屋根あるいは床に敷かれたタイル。
癖:意符「疒」(やまい) 意味 = くせ。
本来的な意味: 身体の腫れ、特異性としてみなされる。
襞:意符「衣」(ころも) 意味 = ひだ。しわ。
本来的な意味: 広がっているひだ。
「しわ。」の意味は、「ひだ」との連想から。
譬:意符「言」(ことば) 意味 = たとえる。さとす。
本来的な意味: (比喩) 例を挙げたり、要点を説明したりする際に言葉を広げる。
躄:意符「足」(あし) 意味 = いざる。
本来的な意味: バランスを取るために弱った足を広げていざる。
闢:意符「門」(もん) 意味 = ひらく。ひらける。
本来的な意味: 門を広げる。
霹:意符「雨」(あめ;自然現象) 意味 = かみなり。
本来的な意味: 空に広がる雷鳴。
ボーナス記述
「辟」と「劈」のように、罰として身体の一部を切断することは、漢字によく見られるテーマです。例:「刑 顯 馘 県 領 聯 罰 斬 取 殊」。
まとめ
形声文字の音符として働く「辟」の文字には、声母の両唇破裂音が表す「広げる」という意味を表します。韻尾は軟口蓋閉鎖音で、意味を表しているよりも単語の発音がここで「終了」するのを知らせます 。
では、Until next time.