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胸躍るままにブルースを_12

七 天国の扉を叩け_02

―「何度も同じこと言ってないで、質問に答えろよ、って何度言わせるんだよ・・・」

 無機質な小さなデスクと白いテーブルライトしかない6畳半に、溜め息と哀しみが入り混じったぼやきが漏れる。

こうなってくると最早コメディだ。事情聴取でボケ続ける相手に刑事がひたすらツッコミを入れ続けるコント。何度も繰り返されるボケが麻薬的に嵌り笑いを誘う。しかし相方の演技がシリアス過ぎるのが唯一の難点だろう、怖すぎて笑えない。

ボケの警官は魂が去った抜け殻の様子で同じ事を何度も繰り返すばかりで、刑事に何を言われたって、何をされたって、決まった台詞以外の言葉は発さなかった。初めはあまりの様子に疾患を心配したが、取調べといえば定番のカツ丼(大盛り)を二杯完食したところを見ると要らぬ危惧のようだった。

そしてまた刑事にとっても唯一の楽しみとなっていたインターバルを再び迎えるにあたり、出前のメニューをパラパラとめくりながら半分やっつけ気味に「もうカツ丼も飽きただろう、他に何か食いたいものあるかい?」と独り言のように呟いた。続けて「俺は蕎麦かねぇ・・・」とメニューから目を逸らさずに呟くと、ボケの警官が何か喋りだしているのを認めた。

「ん?また彼はすべてを知っていたとか何とかか?」

背もたれに寄りかかり、組んだ足を支えにメニューをめくりながら尋ねた。

「・・・・す。」

「何だって?そんな針を通すような声じゃ何言ってるか分かりゃしないよ。」

「僕も蕎麦がいいです。」

ボケの警官は俯きながらまた呪文を唱えている様に思えたが、同じような虫が這うような声でしっかり注文していた。掲載はメニューを閉じてテーブルに置いた。

「おお蕎麦がいいかい、そうかい、承知した。しかしお前さん、何もしねぇで食うだけ食ってちゃ、そりゃ道楽も好いとこ引きこもりのごたるだぜ。随分長いこと俺が訊いているだろう?犯人と何があったんだい?どうしてお前は銃を渡すなんてヘマをやっちまったんだい?」

ボケの警官にとって蕎麦が事情を話す餌になるのかどうかは定かではないが、久々の会話に気持ちが高揚するという奇妙な実感のまま勢いで問うた。

「凄かったんです、唄が。そりゃぁもうあんな芸当にはお目にかかったことなど他にございません。音楽のことなんてまるでチンプンカンプンな僕ですが、それでもその男の演奏ったら、何がどうしてどこでその音が鳴って、声が出ているのか分かりゃしない。ヘンなガラスみたいなものをギターに押し当てて、黒板を爪で引っかいたような音を鳴らしやがると思えば、その裏では低い音と足音でベンベンとリズムを刻んでやがる。そんな事を繰り広げながら顔は至って平然と陽気なメロディを唄っているし・・・、でもその歌の内容が・・・」

堰を切った様に喋るボケの警官に少々困惑しながらも、語られない重要な要点を引き出す為に刑事は相槌をし続け「その歌の内容が?」と促す。

「・・・、かなしいのです。とにかく悲しくて、哀しくて。そんなことをわざわざ唄う必要があるのかと、何故そんなことを唄うのかと、そのような疑問が絶えず胸の裡で渦巻く毎に僕はヤツにすっかり魅了されてしまい、銃を貸してくれと言われた時には、ぼんやりする意識のもとで、応えておりました。」

「ちょっと待て、そんな曖昧でファンタジーな答弁で片付けられる訳がないだろう?俺たちゃ警察だぜ?、唄ってた、その唄に感動した、だから銃を貸せと言われたことに応えたなんて、それを聞いて誰が納得するんだい。犯人は他に何か言ってなかったかい?」

「撃つと言っておりました。」

「誰を?」

「自分を撃つと言っておりました。」

ボケの警官のその一言は、取り調べ室に再び無機質な静寂を生んだ。軽く開いた口を閉めることが出来ず少しの間呆気にとられた刑事は、ゆっくり背もたれに寄りかかり、またも「ギィーッ」という音を部屋に響かせた。

ボケの警官から目線を離せないでいると、「あの・・・」と更に続けたそうなので、刑事は「なんだい?」と相槌を打った。

「僕、かき揚げ蕎麦がいいです。」

ボケの警官のその一言は、取り調べ室に更なる無機質な静寂を生んだ。―



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