胸躍るままにブルースを_02
一、太陽を振り返るな_01
僕が在籍するロックバンド『Corporabbits(コーポラビッツ)』は、紅一点のボーカルと演奏隊の四人で構成されていて、感情を剥き出したような活気あるライブパフォーマンスと、ボーカル美優の清楚で御淑やかな容姿からは想像できない力強い歌声を売りにしている。
僕はこのバンドでキーボードを務め、時々曲を作ってバンドに提供している。
毎週水曜日にアルバイトを午前中で切り上げ、ギタリストの川畑が運転するミニバンに五人で乗り合わせスタジオへ向かう。
むさ苦しい男子四人の中に可憐な美人が一人という構成のため、一時間以上の長い移動も大いに盛り上がること二年、この仲の良さが仇となって全く成長しなかったこのバンドは、まるで大学のサークル活動の様に「楽しいから」という理由だけで存続していた。
もちろんその理由もバンドの活動理由として、そして音楽に生きる者として大切なのだが、そもそも「プロになる」という志のもとに結成しているバンドなので、現状を客観視すると、あまりに悲惨である現実から目を背けているだけだった。
助手席に座る僕は、その現実をふと直視しては窓の外の遠くの空をじっと見つめるメンバーをバックミラー越しによく見ていたが、それは決して誰か一人の事ではなく、メンバー全員が時折見せる哀しい素顔だった。
隣の川畑はいつも楽しそうにしているが、真顔だって笑っているような男なので、彼の本心だって分からない。
「この世には、奇跡としか思えないようなバンドがある。誰でもではなくて、ソイツらじゃなきゃ駄目なんだ」
何かの本、もしくは漫画で読んだ言葉だが、今までバンドを結成する度にその“奇跡”という迷信を持っていた。そして大体半年後に目が覚める。
それは、「音楽性の不一致」、「メンバーの脱退」、「不仲」など理由はさまざまだが、このバンドに至っては「誰でもよかった、むしろ自分達じゃない方が良かった」と言えてしまう程、緊張感はまるで無くなり堕落しきっていた。
この 『Corporabbits(コーポラビッツ)』も、いくつも作っては壊したガラクタの思い出になるのだろう。
週末にライブを控える練習はいつになく活気付いた。最年少メンバーの凡蔵(ボンゾー)が打つハードなビートが、いつも以上に僕らの内臓を揺らす。
リズムにピッタリではなく、ほんの少し後ろから他の音を前に押し出すようにドッシリ鳴り響くボンゾーの独特のグルーヴは、まるで自分達がすごい演奏をしている様な錯覚を楽しませてくれる。
ボンゾーの強烈なバスドラムの響きに僕はすっかり空腹を刺激されで、三日後のステージのことより練習後の馴染みのファミレスで何を頼むかばかりを考えて演奏していた。
「今日ボン君すごいね、いつもより音が強い気がする!なんだか背中押されて楽しくなってきちゃう!」
歌い終えた瞬間、美優がマイクのスイッチを切るなり興奮気味に笑いながら他のメンバー全員の顔を見渡した。ライブをやる度に対バンの男達に話かけられたり露骨にナンパされる彼女の魅力は、美人で清楚な容姿とは裏腹にとても無邪気に感情を表現する少女の様な一面だろう。嬉しい時は思い切り顔をくしゃっとして笑うし、メンバーにからかわれるとわかり易くムっとする。そんな美優の一挙一動は僕ら男子メンバーの気持ちをいつも前向きにさせてくれていた。
「ドラム一つで周りの音や歌を引っ張れるなんて本当に尊敬するよね、私も歌で皆を引っ張れるようになりたいな~」
「いや~、十分そうなってるよ~。いつも美優ちゃんの歌に心震わされるもん」
ギターを身体から解いている川畑が、語尾のイントネーションが伸び放題の台詞ですかさず美優をフォローした。このメンバー間の「褒めて調和を正す」と言わんばかりの優しい空気感が結局バンドを駄目にした。勢いよく踏まれ続けたせいで定位置からかなり離れた所に在るペダルを元の場所に戻す僕は、胸中で湧き出るそんな皮肉な言葉を必死にハエたたきでひっ叩いていた。
一旦休憩ということになり、川畑とベーシストの猿楽は煙草を吸おうとスタジオを出た。スタジオ内も喫煙可能なのだが、煙草を吸わない僕と美優を気にして二人はいつもわざわざ外に出る。美優も飲み物を買いに行くと二人に続いてスタジオを出た。二重の重い防音扉を閉める大きな音が狭いスタジオに響くと、ボンゾーの前のドラムセットのシンバルが微かにシャァァンと鳴った。
「あれ?、ボンゾーは煙草吸わないの?」
「俺はいいっす、それより仁さん、ちょっとセッションしません?」
「いいよ、リズムもらえる?」
「今日も三連付でいきましょう」
バンドの練習中、僕とボンゾーは即興で演奏をすることが多かった。元々は、このバンドを始めるまで演奏者としてキーボードを弾いたことがなかった僕が、休憩を潰して練習しているところにボンゾーがリズムを添えてくれるようになったのが始まりだった。
「ちょっとテンポ上げますね」
テンポが上がるにつれて、抑制された音がだんだんと大きくなる。それに合わせて僕は激しいタッチで音数を増やしてゆき、ボンゾーのリズムの半拍後ろを追いかける。お互いの感情が音に乗り移り、高揚が共鳴する空間はとても心地よく、バンドの練習よりも激しく衝動的に弾いているが、この時間は紛れも無く「休憩」だった。
では、バンドの練習は仕事なのだろうか?音楽は仕事なのだろうか?そんな疑問が一瞬心に過ぎったが、乗っているリズムを追うのに必死で忽ち消え失せた。
びっしり詰まった隙間の無い音の空間に、防音扉を控えめに開ける音が鳴り、続いてにやにやと笑う美優がそろりそろりとスタジオ内へ入ってきては、自分の定位置であるマイク横の椅子に静かに座った。そして微笑みながら目を瞑り、僕らの奏でるリズムに合わせて身体を左右に揺らしていた。
ボンゾーはバンドメンバーである前に、地元の可愛い後輩だった。そして更に地元の可愛い後輩である前に、一流のドラマーだった。
彼が幼少の頃、ずっと太鼓の玩具を叩いて遊んでいる姿に注目した彼の両親は、楽器店が運営するミュージックスクールのドラムコースに入学させることを決意した。
「ただ大好きな太鼓で遊んでいる感覚だった」と回想するドラム漬けの日々は、彼をめきめきと成長させ、今となってはプロミュージシャンに呼ばれセッションすることや、レコーディングに参加することも度々ある。
そんな彼がこんなありふれたバンドに参加するキッカケになったのは、単純に地元の先輩である僕に誘われたからだ。ちなみに後輩と言っても彼と僕は通っていた学校が違う。
僕の母が実家で営む個人塾に彼が通っていて、音楽に夢中になっている僕に母が「ドラムがすごい上手な子がいる」と言って紹介されたのが出会いのキッカケだ。
真面目で律儀な彼は、たった一個年齢が違うだけなのに、初めから僕を「仁さん」と呼び接してくれた。
彼からしたら僕なんて数多といるプロミュージシャンを目指すことに酔ってる社会不適合者だろうに、彼は僕をとても慕ってれていて、それは僕の自慢でもあった。
けれども自慢であるからこそ、彼がどんなに口で「楽しい」と言っても、先の見えないこのバンドに依存させてしまっている罪悪感は僕の胸の裡から拭い切れなかった。
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