アルフレッド・ベスター『破壊された男』を読んで ~今なお色褪せない熱量を持つ傑作SFクライムサスペンス~
「オール・タイム・ベスト」という表現があります。
時代を越えて愛される不朽の名作たち。
ただ、得てして面白いと思われる要素は時代の移り変わりと共に変化していくのが世の常でもありましょう。
かつて斬新だと呼ばれたアイディアも、時を経て使い古されていく。
表現や文体も、時代や世代が変われば受け入れづらくなっていくこともある。
「ただこれが一番最初だっただけじゃん」なんて言われることもあるでしょう。
ただそれでも。
それでも不朽の名作と呼ばれるものには”何か”があるのです。
その”何か”が間違いなくこの作品にはあった。
それが今回自分が読んだ
アルフレッド・ベスター作『破壊された男』です。
かんたんなあらすじ
言葉を交わさずとも思考を伝達する、テレパシー能力が一般化された世界。
大企業モナーク産業の社長を務める男、ベン・ライクは
「顔のない男」の悪夢に毎夜悩まされています。
この「顔のない男」がライバル企業の社長クレイ・ドコートニィによるものだと判断したライクは、
ドコートニィの暗殺計画を企てます。
しかしこのテレパシー能力が一般化された世界、殺意すらテレパシーで監視できるため一切の殺人犯罪が不可能となっています。
それをクリアするため、世界有数の実業家である自身の権力、多数の優秀なテレパシー能力者の懐柔、そして緻密な計画を経て、ついにドコートニィの暗殺に成功します。
しかし、これに違和感を覚えたのが、
ニューヨーク市警心理捜査局の総監であり、自身もテレパシー能力を持つ
リンカーン・パウエルでした。
パウエルは真実を追い求めるため、ライクとの激闘に身を転じていきます。
二人の激突の行方、「顔のない男」の正体、
そしてタイトルの『破壊された男』の意味とは…?
ちなみに、このテレパシー能力がどれだけ一般化されているのかというと
思考を直接伝達できるので、書類や資料を残しておく必要がありません。
パウエルは優秀なテレパシー能力者を部下につけており、
その部下があらゆる情報を記憶していて必要な情報をすぐに伝達してもらえるようになっています。なのでデスクにはファイル一つもない
また、思考の伝達は当然音よりも早く一瞬で情報交換できるので
劇中で発生するテレパシー能力者の会議はだいたいものの数秒で完結します。議事録も取らなくていいしうらやましい
主な登場人物
ベン・ライク
絶大な権力を持つ、大企業モナーク産業の社長。
日々「顔のない男」の悪夢に悩まされ、ライバル企業社長の暗殺を決行する。
殺害後も、事件の隠蔽のためにパウエルと激突を繰り返すことになります。
この作品における悪役であり、目的のために恫喝も厭わずまさしく悪の権力者なのですが
実際のところ劇中の事件を引き起こしたのは「顔のない男」からの逃避であり、
終始ずっと恐怖に怯え、憔悴し逃げ惑うような姿が印象深く残ります。
リンカーン・パウエル
ニューヨーク市警心理捜査局総監のテレパシー能力者。
明晰な頭脳を持ち、その推理力とテレパシー能力でライクを次第に追い詰めていきます。
おまけにフィジカルもめちゃくちゃ強い。マジで強い。暴の化身。
終盤から出てくる尋問シーンがもう嘘喰いの立会人を思い出すレベルで”暴”。
そりゃそうだよ、ちゃんとした訓練を受けたお巡りさんが弱いわけがないってのは我々は朝加圭一郎で知っているはずだ
ちなみに、彼の変な特徴として
本人の意思とは関係なく突然突拍子もなく変な冗談をマシンガントークのようにかましてくることがあり
彼自身はこの状態を「うそつきエイブ」と呼んでいます。
人の意識を探知するテレパシー能力の弊害とのことですこの設定要る?いる。
どこが面白かったの?
わかりやすく、かつ終始芯の通ったシナリオ
この作品はSF小説ですが、刑事モノ・クライムサスペンスとしての要素も多く含まれています。
SF小説は得てしてシナリオが難解になることもあるのですが、
この作品は刑事と犯罪者の攻防を軸としているので
迷うことがなく非常にとっつきやすいです。SF初心者にもお勧めできるかと。
そしてこの二人の攻防劇が本当に熱い。
非常に展開が速く、読みやすい文体も相まって読み進める手が止まらなくなります。
私だいたい本読むスピードが遅くて、文庫本1冊読み終わるのに数週間かかることが多いんですが
この本は気づいたら1日で読み終えてました。
テレパシー能力、それを活かした表現
この世界観の主要な要素であるテレパシー能力。
犯罪の防止どころか社会的な阻止になっている強力な能力で
意志の伝達だけでなく、相手の思考を読み取る者もいます。
逆に相手の読み取りを防ぐことも…
この能力は事件解決のために駆使されるツールでもあり
登場人物たちの意思疎通、心理描写などにも大きく関わってきます。
物語の成立のためのかなり重要な要素として組み込まれているので
この作品が「刑事モノ」でありつつ「SF」の金字塔であることがよくわかります。
また、この作者アルフレッド・べスターは『タイポグラフィ』と呼ばれる
改行やスペース・フォントなどを駆使して特殊な文字の並べ方を用いて
特異な世界観の表現を行うことをよく行います。
本作でもその表現は随所でも使われ、四方八方から超高速で意思を読み取る
テレパシー能力の表現を印象的に仕上げています。
これも大きな見所の一つでしょう。
読みやすく、かつ表現力溢れる熱い文体
これは翻訳の伊藤典夫さんの手によるところも大きいかもしれませんが
前述したようにスッと内容が入ってくる文章で非常に読みやすいです。
なおかつ印象的でグッとくる表現も多くて、私が特に印象的だったのは
ライクとパウエルが互いを敵と認める場面で
この書き終わりにグッと来て、そこから先一気にのめり込みました。
とにかくこの作者は盛り上がる場面を作るのがズバ抜けて上手いと思っていて、
ここから先は展開も一気に加速して、ラスト一ページまでフルスロットルで駆け抜けて衝撃のラストを迎えます。
私の好みもあるんですが、この作者が描く
「主要人物が精神的に追い詰められて滅茶苦茶になってから、
次第に状況もとんでもなく滅茶苦茶になってすさまじい展開になる」
という時の話の転がし方がとにかく好きみたいです。
もうほんとに読んでいる間頭おかしくなるかと思うぐらい熱かった…
終わりに
読んでいただくと、この作品がSFオールタイムベストと呼ばれる理由が嫌でも分かると思います。
シンプルで質実剛健な筋書き、
テレパシー能力を用いた物語のギミックの構成、
熱量溢れる文体。
今なお読み継がれるSFエンターテイメント傑作としての証が確かにありました。
ラストシーンの後、目の前がスッと青空が広がるようなさっぱりとした感覚になり
読み終えた瞬間本当に言葉を失ってしまった…
こないだもコードギアスを今の高校生が見たら信じられないぐらいハマってた、なんてコラム漫画を見かけましたが
やっぱり往年の傑作と呼ばれる作品にはそれなりの理由があるので、
この破壊された男に限らず
気が向いた時でもいいのでふと手に取ってみてください。
また、このアルフレッド・ベスターのもう一つの有名作に『虎よ、虎よ!』
こちらも大傑作で私個人のオールタイムベストの一つです。
こちらは銀河を股にかけた一人の男の壮大な復讐劇で、
おそらく石ノ森章太郎のサイボーグ009や仮面ライダーに影響を与えた作品です。
こうした現代有名作品のルーツを探っていくのも一つの楽しみ方ですね。
今回コミックマーケット102の移動時間にこの本読んでたんですが
これから「コミケの期間で往年の名作SF読み切る」っての習慣化しようかな…
101のときはプロジェクト・ヘイル・メアリー読んだし
果てしない宇宙に思いを馳せたところで、またいつか。
あ。
あとこの作品、「とあるトラウマを抱えたせいで幼児退行化した成人女性」が出てきますオタクそういうの好きでしょ? えっ違う?
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