8年前にギャラリーバーが閉店した理由

私は2011年6月から2012年7月まで、奈良でギャラリーバーを経営していた。
「アートを通して交流の場に」を大きなテーマに、店内は昭和レトロでポップ、アングラサブカル要素を含みつつ、若手作家や、観光客から地元の方まで大歓迎のスタイルだった。
言葉にすると大変恥ずかしいが「ゆくゆくは奈良のアートの発信地になる」と本気で思っていた。当時21歳。

お客さんも順調に増えていたギャラリーバーが、何故わずか1年で閉店したのか。

自営業をしている人、これからする人はもちろん、芸術に携わる人、そして理不尽な社会で生きていく人にぜひ知って欲しい内容だ。

閉店理由は経営不振ではなくパワハラ・モラハラ・粘着被害によるもの。
その相手はテナントの貸主。

以下、詳しく書きたいので多分とても長くなる。


個人契約の闇


私がテナント契約したのは奈良の商店街にある町屋型複合施設。
そのオープニングのテナントとして家主のK氏と賃貸契約を交わした。これが全ての始まりで、終わりだった。

「仲介業者を通さないことで賃料を安くしている」という口車に乗せられ、個人契約をしてしまった。
なんとなく、高校で生徒指導しているという肩書きで「悪い人ではなさそう」と思ってしまった。

個人間で交わされた賃貸契約書は、家主の判断で内容を変更したり、付け足したりすることができるらしい。こちらの同意がなくても、契約翌日にでもだ。(でも普通はだめだよ。)
違法に当たらないので、どんなに不利な条件を出されても警察とかは助けてくれない。民事不介入というやつだ。

まずはざっと変更された契約内容がこちら。


・バーなのに深夜営業禁止(契約時に時間制限はなく、深夜営業の了承も得ていた)
・さらに23時以降は契約者本人さえ店舗内への立入が禁止に(それに伴いギャラリーの夜間帯の入換作業が不可能に)
・月曜定休と申請していたのを、いざ経営開始してから「商店街の定休日は木曜」と教えられ、従っていないことを責められる
・営業開始すぐ、バーなのに禁煙、もしくは高額の店内改装費を支払うかの二択を迫られる
・商店街会費として本来の会費以上の額を徴収開始
・ギャラリーの運営内容が著しく制限される

営業時間については、開店当初は私にも終電があったので22時閉店としていたが、店舗の近くに引っ越した後は営業を深夜に伸ばすと宣言し、了承を得ていた。
しかし、いざ契約後にその話をすると「はぁい聞いてませーん!」と大声で制圧され、手のひらを返された。
さらに後付けで施設自体の営業時間は20時までと決められ、そのように宣伝された。

店舗契約が成立してからは、とにかく二人きりの空間で何度も怒鳴り散らされた。

契約前は全て笑顔で快諾していたのに、契約成立後はこちらが何かを話そうとしても、言葉に被せて「無理無理無理無理」「ダメダメダメダメ」「しいいりいいまああせえええん」と、強圧的な態度になり、こちらに一言も話させようとしなかった。

大声で威圧し、相手を萎縮させて意見を言えなくするのが目的だったと思う。
当時「パワハラ」「モラハラ」という言葉はメジャーじゃなかった。

一人で閉店作業をしていたら錯乱状態のK氏が怒鳴り散らしながら入ってきて、机をバンバン叩いてきたことがあった。
理由は「施設の前に自転車を停めている客がいた」というもの。それはもう凄まじい暴れっぷりだった。駐輪場がないのは施設の設計ミスだろう。

ちなみに人通りの多い昼間に別のテナントの客が同じように施設前に駐輪していても、自分の言うことに従っているテナントの客であればお咎めなし。

こうしてK氏のワンマンショー、「テナントの私物化」が始まっていった。

隣のテナントのお兄さんは、オープンしたその月に撤退を決めて出て行った。
その後に入った人は、わずか1週間で来なくなった。

そして最初の大きな事件は、営業開始すぐ、2つ目の企画展「夏展」で起こった。

写真作品盗難事件


簡潔にまとめると、ギャラリーに展示していた作品の一つがK氏の気に入らない作品だったため、店の承諾なく合鍵を使って深夜勝手にギャラリー内に侵入し、作品を撤去、倉庫の鍵をあけてぶちこんだ、というもの。

こんな、全てに対する侮辱行為、あるだろうか。

ある日店に行くと、展示作品がなくなっていた。
当時、施設内に設置されていた防犯カメラの様子は店舗契約者なら見ることが出来たので、映像を辿った。
するとK氏が勝手にギャラリー内に侵入し、横暴に作品を運び出し、倉庫にしまう様子が映し出されていた。

すぐK氏に説明を求めて電話したが、相手はいつものように怒鳴りはじめ「霊的なものが」と何度も言っていた。

作品は写真作品で、その背景に墓場が使われていたから「霊的なものを感じ緊急性がある」として勝手に撤去したらしい。

緊急性があると言うわりに、しっかり私の退店を見計っての犯行だった。

警察にも届けたが、K氏が「自分の所有する敷地内で物を“移動させた”」という見解で警察は動くことができなかった。
「もし、移動ではなく、壊されたり、怪我をさせられたら、その時は相談してください」と言われた。

それでギャラリーの運営内容は「常識の範囲で公序良俗に反しないこと」を徹底的に命令された。
勝手に人のギャラリーに侵入する人間の常識とは何なんだろうか。
結局「常識の範囲で公序良俗に反しないこと」のラインは、全てK氏の気分次第で決められた。

私は「お願いだからこれ以上、契約書にないことで口出しをしてくることはやめて欲しい」と何度もお願いした。なぜギャラリーの取扱作品までK氏が決めるのか。

こちらもあえて公序良俗に反しようなんて微塵も思ってないが、もともとアングラサブカル要素を取り入れたいとは言っていた。これは何度も言っていた。

「アングラサブカル」を取り入れたかった理由は、私がこの文化に救われた経験があるからだ。
奈良の田舎で育ち、周囲に馴染めなくて、いつも居場所がなかった。
そんな私を救ってくれたのが、最初に言った写真作家さんのコミュニティや、作品内に写っていたバンドや(写真作品はアー写でした)、その周囲の人たちの活動だった。
イラスト、音楽、造形、ファッション、それらを通じて私ははじめて居場所を見つけた、本当に心からそう思った。

私も誰かを受け入れられる場所を作りたい。

これが私がギャラリーバー経営を志したキッカケだった。

それを、たった一人の人間に、好みであれもこれも「公序良俗に反している」と決めつけられ(実際反してもない)、作品やギャラリーの思いを踏みにじられたことは本当につらかった。
こんなに差別的な場所なら契約しなかった。

様々な契約内容の変更・追加に対して、周囲は「応じる必要ない」とアドバイスしてくれたけど、応じなければ預かっている作品が危険な目に遭うという一番の恐怖を植え付けられ、従うしかなくなっていった。

【妖怪展】は常識の範囲で考えて公序良俗に反するのか?


「夏展」に続く「妖怪展」でも連日に渡ってK氏から投書があり、気が滅入った。
「この場所は元興寺の跡地で、霊的なものが〜」とか言っていた。

周囲のテナントも「Kさんを怒らせることはしないで。大人になれ。」と言ってきた。

全然違う。妖怪展はギャラリーとしてやりたい企画で、K氏を怒らせるためではない。
妖怪はれっきとした文化で、「公序良俗に反するもの」ではない。
言いなりになることが「大人になること」だなんて話の論点が違いすぎる。

霊的なものの裏付け(?)として、しつこく「ここはG寺の跡地」というのを押して来るので、実際にG寺に取材を行った。
発掘調査に詳しい専門家を交え、結果「G寺の跡地ではない」と分かった。
それでもK氏は「G寺の跡地だ」と言い張り続け、これ以上の話し合いは出来なかった。

この直後にG寺で京極夏彦がゲストの大規模な怪談イベントが開催された。
怪談イベントは当時めずらしかったが、今では奈良市観光協会も扱っているイベントのひとつだ。
翌年、妖怪ウォッチが社会現象になった。

なぜうちのギャラリーだけが認められず、公序良俗に反すると批判を浴びたのか。
認めていなかったのも、批判していたのも、K氏たった一人だ。

多くの人が「気にすることはない」と言ってきた。でもそれは違う。

ギャラリーに勝手に侵入され、作品を横暴に扱われた事実。
これはギャラリーにとって、信用問題に関わる大きな痛手だった。

作品が危険な目に遭うかもしれないのに、気にしないでいれるわけがない。
だからといって展示内容を変更したら、それはうちのギャラリーではなくなってしまう。
オープン数週間で、もうとっくに、私のやりたい経営は破綻していた。

怒涛の嫌がらせが続く


閉店作業をしていたら、ブレーカーを落とされた。
例によって防犯カメラの映像を辿るとK氏がブレーカーを落とす様子が映っていた。

すぐ電話したがK氏は出ず、後ほど「寝ていた」と言われた。防犯カメラの映像を出して説明を求めたが、ちぐはぐな返事しか返ってこず、謝罪もなかった。

それから防犯カメラのパスワードは変更され、K氏以外は映像を見れなくなった。
ブレーカー周辺を撮影していたはずのカメラが、うちの店舗を撮影する場所に移動していた。
仕返しのつもりか、カメラに映った私の姿をプリントアウトしてこまめに送ってこられた。この粘着は気持ち悪かった。

話題を入れ替えるように「副流煙問題」を急に取り上げて、店舗の禁煙を迫ってきた。これでブレーカー事件はなかったことにされた。怪我したのに。

余談だが、あまりに禁煙禁煙言うので「禁煙展」という企画展をした。
この公募展で、ある若い一般の男性がはじめてアート作品を作り、発表することになった。そこから彼は作品作りに目覚め、今では現代アーティストとして活動している。(ちょっと良い話を盛り込んでみた。)

結局、オープンしてすぐの店が高額の店内改装費を負担できるわけもなく、店内はバーなのに禁煙となった。

K氏は表向き若い人を応援したいと言っていたけれど、若い起業者を苦しめ、権利を奪い、力尽くでねじ伏せることは、全く応援ではない。
彼は、家主という肩書きで、そこにいる人達の思いや権利を全て奪い、店や人間までを私物化することに執着していた。

施設全体が病み始める


他のテナントも何かと制圧されていた。

その鬱憤なのか、一部の店舗がK氏の真似をして私の店に文句を言ってくるようになった。(他の店舗契約者は年配の人ばかり。若い人の応援とは。)
時には店主たちに待ち伏せされ、取り囲まれて「このギャラリーのせいで他の店が儲からない」とケチをつけられた。

ふざけないでほしい。うちだけで施設全体のどれだけを集客していたか。

新聞取材なども増え、経営努力は着実に実を結んでいた。それだけに本当に悔しいな。

彼らはギャラリーの内容にも口を出すようになり、服の間から女の子のお腹が見えている絵を指して「これもあかんわ。Kさんが怒らはる」と、K氏に変わって批評しだす始末だった。

例えば切ない表情の女の子が描かれていれば「見た人が悲しくなるから公序良俗に反する」。

うちの店が課せられた「常識の範囲で公序良俗に反さない」というルールは、もうこのレベルのものだった。
この人たちはルーブル美術館に行っても同じこと言うのか疑問に思ったけど、違うだろう。なぜなら本質的に作品を見ての意見ではなく、私に嫌がらせをするために言っているからだ。

K氏によるテナントの私物化行為に疲弊して、月に数回しか開かない店や、開いてもすぐ留守になる店が増えていった。
そして経営不振のストレスを、賑わっているうちに向け、いじめ行為で発散する悪循環。

ある日、いつもの文書投函で「他店からクレームがある」と言われたことがある。返答文の中で、細かい部分の言い方は覚えてないが「長く閉めている店や留守にしている店もあるが、店にはそれぞれ事情や経営方針があるので〜」という旨の返事をしたら、「長く閉めている店や留守にしている店もある」の前半だけ切り取って、私が他店のクレームを言ってるみたいな文書に作り変えられ、全店にばら撒かれた。

もう書くのも疲れてきた。

その他の嫌がらせ一覧


・営業中に入り口を施錠
店に誰も来ない日があると思ってたら、施設自体の扉の鍵が閉められていた。
後ほどお客さんに聞いたら「時々建物の玄関が閉まっていて入れない時があった。奥で店の電気は点いてるのに変だなと思った」と言われた。

・ヤクザとの繋がりを匂わせる
頬に傷のある仕草をしながら「僕は知り合いにコレがいるからね」と言われた。

・勤務高校のOBを使ってバーの常連客に嫌がらせ
K氏は後ろでニヤニヤとその様子を見ていた。

・SNSへの粘着
防犯カメラの映像以外にも、私のTwitterのタイムラインをA4用紙にプリントアウトし、保証人である実家の母に送っていた。辞書くらいの量。
Facebookのアイコンを店の看板に設定していたら、私本人の顔写真を使うように言われる。SNSのアイコン一つに至るまで、契約テナントを私物と勘違い。

・やたら高い商店街会費、内訳不明の光熱費
商店街会費は直接商店街に支払うのではなく、K氏が設定した値段を支払わされた。
光熱費は言い値を支払っていた。公式の明細を見たことはない。

・エアコン一括管理
もちろん営業中に切られる。

・ストーキング
夜道帰宅中、ふと振り返るとK氏がいる。ウォーキングという名目で。コース変えてよ。

・極論、営業せず家賃だけ払うテナントを優遇(または退転すれば新しく礼金が入る)
私の月曜定休は永遠に責められるのに、月に数回しか開いてない店は「そう申請しているから良い」と言っていた。私も月曜定休で申請しているのだが。

疲れた、書ききれない。

錯乱して怒鳴り散らしながら乱入されたあたりから(客が自転車を店舗前に停めたという理由の)、もう何をしてもダメだと本格的に恐怖心が芽生え、新しい企画を考える余裕など全くなくなり、店の経営はギャラリーとしての繁栄ではなく、いかにK氏から作品を守るかになっていた。
自分のやりたいこと、経営したい形が何一つ叶わない場所で、なぜ家賃を払って無理やり経営してるのか分からなかった。

K氏の自宅(施設裏)には大きな鉄塔が建っていて、近所の人が電波障害を訴えていた。
大型掲示板や勤務高校の元非常勤講師によると「学校中に盗聴器を仕掛けている」という噂だった。噂に過ぎないがあちこちで聞いた。

K氏や他店にストレスの吐口にされて、ハゲた。幻覚とか見えた。
いつも頭の中K氏一の怒鳴り声が響いてた。
自律神経はめちゃくちゃで、ベッドから起き上がるのもしんどかった。
店は閉めがちになって、来てくれたお客さんを裏切る形になった。
精神的にしんどい人は休職や退職ができるけど、自営業はそうもいかない。
生きるため、藁をもすがる思いで心療内科に相談に行った。
「しんどい人がおかしくなるのは当たり前。問題解決に向けて努力した方がいいですよ」って馬鹿にされ追い返された。

もう、八方塞がりだった。

閉店


店は1年少しして、閉店した。

悔しさと、やっと解放されたという思いが溢れた。

チャットレディで当面の生活費を稼いだ。
本当は店を始める直前、パソコン教室でHP作成を学んでいた。店に何かあっても副収入を安定させるためだ。でも、開店してから閉店するまで全ての時間がK氏対策になり、そんな余裕は一切なかった。スキルというものは、心技体を奪われた状態では発揮されないんだなと思った。

閉店に際して、たくさんの人が味方になってくれた。
「Mちゃんは間違ってないよ」
そうだよ、間違ってるとかじゃなくて、ハラスメントの被害者なんだよ。
そして、間違ってなくてもダメだった場合、どうしたら良いのだろうか。

「奈良に尖ってる店がある」って褒められるのも嫌だった。
私は尖ってない。ただ、自分の信念を訴えていただけ。誰かを攻撃するようなことは何もしてない。

「大人になるように」もよく言われた。
経営や思いまで私物化され、それに耐え、許すことが大人になることだと言う周囲の環境も私を苦しめた。
「それが出来ないお前が悪い」。

近所の人の「昔からああいう人」という言葉も狂っている。
昔からああいう人なら、人のギャラリーに勝手に入って人の作品をコケにしていいのか。

後にひどい鬱になり閉店した店主もいると噂に聞いた。
私に発信力があれば防げたと思った。
でも自分も憔悴しきっていて、全然戦えなかった。

このあと、地方裁判所でK氏相手に閉店の損害賠償や謝罪を求めて簡易裁判を起こしたが、話し合いは平行線で不成立。
裁判官に「気持ちは十分わかるけれど、あなたには未来がある。」と言われた。
こんなに全てを滅茶苦茶にされたのに、未来もクソもないわ。

許してはいけない気持ちと、もう解放されたい気持ちで全部全部全部ぐちゃぐちゃだった。

最後に(もう、ここから読んでくれてもいいやつ)


狭いコミュニティ内で起こる様々なハラスメント。若ければ尚さら自分だけでは解決できないことがある。
解決できなかった結果だけが切り取られ、周囲に「本当にやりたいことじゃないから」と言われた。本当にやりたいことだったから今も苦しいし、もう立ち上がれないのに。

芸術における「表現の自由」については今も各所で議論されている。
議論も賛否両論も、炎上までもが、自由に発表できる土台があってはじめて起こることだ。(炎上を肯定しているわけではない、これはまた別の問題。)

ギャラリーは作品を展示し売買するだけの場所ではない。様々な役割を担っている。
その覚悟がないなら最初からギャラリー経営を受け入れるな。

発表の場が制限されるということが、どういうことか。このコロナで多くの人が体感したと思う。

「自粛」が表現内容にまで及ぶなんて怖すぎないか。

「環境が」「努力が」とか言う以前に、様々な理由でスタートにたどり着けない人が沢山いる。
そんな人に寄り添う場所でありたかった。

また、私の受けたことはパワーハラスメントだが、周囲に「若い女の子だから言われる。強いおっさんなら言われなかった」ということをめちゃくちゃ言われた。
「女の子が困ってるのは可愛いから仕方ない」も言われた。慰めのつもりか知らないが、仕方ないとはならない。

女性という理由で弱い立場に立たされるのは、この件以外でももう数えきれないくらい経験した。女性が受けるあらゆる被害はセクハラの要素を含んでいる。

閉店の話は、たくさん湾曲して伝わっていった。もう誰に何を思われても、どうでも良かった。
「他人になんてどう思われてもいい」、この言葉はよくポジティブな表現で使われるけど、根本は歪んでると思う。強いのと鈍感は違う。

しかしどうでも良かったのは本件だけで、逆にそれ以外のことでは誤解されることに対して大きな恐怖感が芽生えた。自分にはもう後がないと思っていた。
つらい経験は人を強くしない。臆病にはすると思うけど。
強くならないと「つらい経験認定」されない風潮もおかしい。

「逃げてもいい」という励ましにも傷ついた。私は逃げなかった。力尽きただけだ。
だから「場所を変えて」という問題じゃないし、「資金は出す」という申し出も断ってしまった。私はもう、知らないうちに搾取され切ったのだ。

ただ、私が力尽いても被害は消えないし、私が声をあげれば防げる被害や救える気持ちがあるかもしれないと思って記事を書いた。

去年、建物のGoogle口コミに私が経験したことを書いたらすぐ消されて、高評価がどっと増えた。
身勝手極まりない行為を、本人が反省しようがしまいが、これは消せない事実だ。
でも、私が力尽いている限り、うやむやにされてしまうのもまた事実。

今、コロナの影響で多くの店が閉店してる。
たぶん、お金さえ復活すれば何とかなると思ってる人は沢山いると思う。
でも、一度極限にまで追い詰められた経験は大きなトラウマになる。
不可抗力なら尚さら。

残念ながら廃業となった経営者さんは、どうか「本当にやりたいことじゃないから続けられなかった」と自分を責めるのは止めてください。絶対にそういうことではないです。
そして、コロナが収束したあともなかなか再開に踏み切れない経営者さんがいても、周囲は焦らせないでください。お金と時間で解決できないこと、整理できないことがあります。

今はコロナが大きな共通問題としてあるけど、収束した後はまた個人の問題が多様化して、表に出にくくなると思う。
コロナの影響で学費が払えない学生が続出する一方で、コロナ関係なく様々な理由で進学の道を断たれてきた学生も沢山いたはず。
学校側は退学する学生に理由を訊き、救済制度を紹介する対応を取るらしいけど、コロナ関係なく世の中がそうあるべきだ。

弱い立場の人、すでに困っている人が情報を得るのは、思っているより困難なこと。知っている人が教えなければいけない。

自営業の方へのサポートや理解はもっと細分化される必要があると思う。
コロナが制度見直しのきっかけになってほしい。
ハラスメント被害で会社を辞めた人には保証があるのに、同じくハラスメント被害で自営業を廃業した人は「自己責任」と言われる風潮が強くある。

ハラスメント被害も自己責任の風潮も早くなくなってほしい。

また、この荒波の中、経営を続けられてる方、再開を目指している方には頭が上がりません。どうか適切な対応がされますように。

もう応えられないけど、当店に来てくれたお客様、ありがとうございました。
お礼が8年越しになってしまってすみません。
皆が残念がってくれたことも、当時は気が重くてうまく返せなかったこと申し訳ないです。

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