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“作り手の手”で思い出し、気付くこと。

作る人①:奥さん

「シナモンロールを自分で作りたい。どうしても食べたい。」

と奥さんに伝えた時のこと。

材料をちゃんと測れない人は絶対失敗するし、美味しくないものを食べることになるのは嫌。だから作るのはダメ。面倒だけど私がやる。」と却下された。いや、作る作業をかって出てくれた(と思いたい)。

彼女がこねた生地に、シナモンパウダーを振りかけるという工程のみをさせてもらった。あとは彼女が生地を丸めていき、等分に切って、クッキングシートに乗せて、指でつぶし広げる。厚さは3センチだそうだ。ひとつひとつ、定規で測っていた。確かに私なら絶対やらないな、と思う。

もう振りかけるものもないけれど、(せっかくだから・・・)と台所の入り口に寄りかかって彼女の仕事ぶりをぼんやり見ていることにした。
台所に立つ彼女は終始険しい顔だった。鼻息が静かに唸る。「テキッ、パキッ」という音が聞こえそうなくらい、テキパキと動いていた。

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よく動く彼女の手を見ていて、ふと(あれ?何かと似ている。これ見たことある)と気が付いた。

作る人②:父

私の実家は料理屋で、子供のころ父が刺身を切ったり料理をする様子を、後ろから見ていることがよくあった。

覚えているのは木製の分厚いまな板のあたりに水道から水をジャブジャブと流しながら、カツオなど体格のいい魚の頭を出刃包丁で落とす。腹を開いて内臓を出し、それをすばやくゴミ箱に落としていく手捌き。

盛り付ける皿を一気に並べ、マグロやタイのさくをスッ、スッと等間隔で引き切る。キリっとした、長い柳刃包丁の冷たい動き。

大根を指で摘まみ盛り、その上に大葉を乗せるときのリズム。

今思えば調理場に子供がいるのもどうかと思うけれど、父なりに自分の仕事を見て欲しかったのではないかと思う。仕事を見て、興味をもって、あわよくば料理人になってくれればいいなと思っていたのかもしれない。いや、きっと思っていた。(言動に50個くらい心当たりがある)

一皿一皿仕上げていく父の手と、手元を見る眼差し。あの目は何を見ていたんだろう。少なくとも食材そのものではなかっただろうと思う。

これから食べてくれるお客様の笑顔を思い描いていたのか。それとも後ろで椅子に座って見ている子供に向けて『カッコいいお父さん』を演じていた真剣さだったのか。
わからないし、聞けないし、おそらくちゃんと答えてくれないだろう。



目の前でシナモンロールを作る奥さんを見ていて、その姿が当時の父と重なった。「面倒だけど」と言いながら黙々と手を動かす彼女の中には、これから食べる私のことが少しは入っていたんだろうか。
これもわからないし、聞けないし、おそらくちゃんと答えてくれないだろう。


そのあと出来がったシナモンロールは、これ以上ないくらいのいい香りで、部屋の中の空気を全部換えてくれた。シナモン風味の空気清浄機があったら、きっと売れるだろうなと思う。

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「作るときに何を思うのか」で、作り手のことを評価できない。なんなら「出来上がったもの」でも評価なんて出来ない。

“作り手”というものについてふと考えてみた。

その人がどんな思いで”それ”を作るのか。どんなものが出来上がったのか。つまりどんな作品、どんな成果物、どんなパフォーマンスなのか。

それって、本当に受け手である私たちが基準を持っていていいのだろうか

もちろんビジネスとして、成果と報酬の交換がそこにあるのであれば
「当たり前だろう。こっちはお金を払っているんだ」
と言われそうだけど、どうも本質を考えようとするとどうも納得がいかない。

何故なら作った人の「心模様・思い」も、「出来上がった作品」も、本質はその作り手自身の一部であってその後も変わらないのではないか、と感じるから。

私たちは、いつから偉そうに「まずは評価」なんてするようになったんだろう。星をつけたり、レビューを書いたり。大人だけでなく、子供だって当たり前のようにやっている。

人はいつからそんなに自由で、いつからそんなに傲慢になったんだろう。出された料理に「いただきます」も言わないうちから携帯を向けるようになったのは、何が変わったからなのか。それは一体、誰のためなのか。

作り手の『思う』ことに対して、受ける側ができるのは評価ではなく、これまた『想う』ことだ。

その想いは、”ありがとう”ということ。お金がどうの、見返りがどうのというのは、その後の付属物であって、最重要ではないんだ。作り手の本質的な部分、深い部分にまで想いを馳せることを忘れないようにしたい。


奥さんが作ってくれたシナモンロールは、辛口の言葉で始まったのに、温かくて、甘くて美味しくて、ありがたい。私にとっての彼女自身と同じ。私がどう思うかなんて、結局彼女には関係ないのだけれど、想うことに意味がある。

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