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ヘドロの創作 2024/11/17

 【猫の喫茶店】

 マタタビ市にも外国猫観光客がずいぶんと増えた。マスターは店の窓の外を歩いていく外国猫観光客をぼんやり観ながらコーヒーを淹れていた。
 外国猫観光客は明らかに地猫であるマスターたちとは違う見た目をしている。異様に大きくてもふもふだったり、独特のマーブル模様だったり、手足が短かったり、耳が折れていたりする。最近ではマタタビ市の猫にもそういう容姿の猫はいるが、それでもマスターのような地猫が圧倒的多数派だ。

 さて、ある日の午前中のことである。外国猫観光客とおぼしき若い猫が、喫茶「灰猫」のドアを開けた。ドアベルがからんからーんと気持ちのいい音を立てたが、語学の苦手なマスターは鼻のあたりに少ししわを寄せた。

「ジューニシ・ハイレナカタゾ・ジンジャ、ドウヤッテイク?」

 なんだ、お客さんじゃないのか。でもマスターは親切第一がモットーなので、「そこの道をまっすぐいくと見えますよ」と、親切に「十二支入れなかったぞ神社」への道を教えた。スマホの地図を見せてきたので、ここが現在地……と説明すると、「オゥ、アリガト」と外国猫観光客はとても喜んで出て行った。
 十二支入れなかったぞ神社、というのは、猫族が十二支に入れなかったので12年にいっぺんのお勤めをしないで済んだことを記念した神社である。
 今や世界中の観光客がこの十二支入れなかったぞ神社名物の「寝過ごし猫」像を見にくる。これはネズミに騙されて十二支レースに参加できなかったご先祖様の像である。

 なにも注文しなかった観光客をちょっと残念に思いつつ、午前中の営業をして、ちょうど昼ごろになったらさっきの外国猫観光客が現れた。
 外国猫観光客はスマホの翻訳機能を使って、コーヒーとナポリタンスパゲッティを注文してきた。なんだ、ちゃんと食べていってくれるんじゃないか。マスターはニコニコしてコーヒーとナポリタンスパゲッティを出した。
 外国猫観光客はオイシイオイシイと、ナポリタンスパゲッティを食べた。食べ終わったらしばらく店内に流れるクラシックのピアノ曲をまったり……と聴きながらコーヒーを飲み、きちんと支払って喫茶「灰猫」を出て行った。

 マタタビ市は安い観光地になったんだなあ。マスターはそんなふうに思った。10年前ならマタタビ市は「クール・マタタビ」と言われ、外国猫観光客はマタタビ市にしかない文化的体験をしに来ていたのに、最近はなんというか「安く楽しく遊べるところ」だと思われているフシがある。
 夜の営業をしていてふと暇なときにスマホのニュース動画を観ていると、昼にやってきた外国猫観光客が街角でインタビューされていた。
 字幕で「十二支入れなかったぞ神社と、灰猫という喫茶店に行ってきました 灰猫で食べたケチャップで炒めたスパゲッティがとてもおいしかったので国に帰ったら試してみます」と、外国猫観光客は嬉しそうに言っていた。

 で、次の日。
 どうやらきのうの外国猫観光客は「インフルエンサー」というやつで、SNSで喫茶「灰猫」を紹介したらしく、ドンドコドンドコ外国猫観光客が押しかけてきた。
 外国猫観光客はとても気前よくお金を使うので、喫茶「灰猫」の売り上げは激しく跳ね上がったものの、語学が苦手なマスターは目が回る思いをしながら、スマホの翻訳機能をつかって必死に応対したのであった。

「こうりゃくぼんじゃなくてちゃんとしただいをつかいなさい」


 ◇◇◇◇
  おまけ

 きのう、買い物から帰ってきたら家の前に見知らぬ猫がいた。茶トラのとても可愛らしい猫だった。
 野良猫なのか外飼いの飼い猫なのかわからないが、わりとフクフクした猫だった。どうか暖かいところで穏やかに過ごせますように、と思った。
 猫と暮らしているとよその猫の幸せを願ってやまない体質になるような気がする。全ての猫よ幸せであれ。

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