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ヘドロの創作 2024/11/3

 【猫の喫茶店】

 喫茶「灰猫」にすごいお客がきた。今をときめく大文豪、ソーセキ氏である。
 ソーセキ氏は喫茶「灰猫」の隣にある出版社まで出向いたついでに、灰猫でナポリタンをすすり、コーヒーを飲み、たいへん満足して帰っていった。ちょっとミーハーなところのあるマスターは、色紙にサインをお願いし、いただいたサインを壁に飾った。

 それを見ていた何人かの常連が、ソーセキ氏はまたくるのか、とマスターに尋ねた。

「さあ……隣が出版社だから、可能性はゼロではないと思いますが」

 マスターはそう答えて、淡々といつも通りの仕事を続けた。

 ソーセキ氏はすごい人だ、ベストセラーを連発し、中学校の国語の教科書に作品が抄録されるような文豪だ。隣が出版社とはいえ、マスターはソーセキ氏ほどの作家がくるとはつゆとも思っていなかった。
 ソーセキ氏が帰ったあと、「タージ・ミャハル」の大将がやってきてフレンチトーストを注文し、マスターと他愛のないことを話すうちに、ソーセキ氏は海外でも有名な作家であることがわかった。

「そーせきってひとのほん、いんどでもあるよ。いっぱいいっぱいホンヤクされてホンヤサンにならんでるよ。すごいにんきだよ」

「そうなんですか。ソーセキ氏、ずいぶんおいしそうにナポリタン食べてましたねえ……」

「わたしのみせにもこないかな、そーせき」

 おしゃべりのあと「タージ・ミャハル」の大将は夜の営業の仕込みをするのだ、と言って帰っていった。

 その次の日から、なにやら様子がおかしくなった。
 いままで年配の客がポコポコくるだけだったのに、なにやら若い猫も含め混雑している。どうやらソーセキ氏がやってきたことが噂になって、街に広まってしまったようだった。
 マスターはもちろん大忙しである。ありがたいのだがマスターとしてはほどほどの忙しさでいいのだ。空いたテーブルからカップや皿を下げ、入ってきたお客の注文をとり、とにかく目まぐるしく1日を過ごした。営業が終わるころにはグッタリである。
 ありがたいんだか迷惑なんだかわからない。マスターは店に施錠して家に帰った。

 それから何日かそういう日が続いて、ある日マスターが「灰猫」の開店準備をしていると、映画館「トンビリ館」のチケット売りのお姉さんが焦った表情でやってきた。

「マスター、週刊誌に『灰猫』の話が出てる!」

 なんだなんだ、とマスターが週刊誌を見てみると、ソーセキ氏が連載しているコラムに、「エノコロ小路にある喫茶『灰猫』という喫茶店のコーヒーは絶品である」と書かれていた。そんな、絶品と褒めるほど凝ったコーヒーじゃないのに。

 その日から喫茶「灰猫」は激しく混雑し始めた。なんと行列までできた。ソーセキ氏の味わったコーヒーを求めて、マタタビ市の外からもお客さんがどんどん来た。「タージ・ミャハル」の大将が言っていたとおり、外国でもソーセキ氏は有名人らしく、外国人の観光客もどしどしやってきた。すっかり行列のできる名店になってしまい、マスターはクタクタになるまで働くことになってしまった。

 そうやって異様な混雑に振り回されること数日。マスターはある日おもいっきり寝坊してしまった。気がつけばお昼だ。あわてて喫茶「灰猫」に向かったが、昼になっても開店しない喫茶「灰猫」に愛想をつかしたのか、行列はなくなっていた。
 マスターとしては、それくらいの忙しさがちょうどいいのであった。

「どうも、どでかきゃっとです」


 ◇◇◇◇
  おまけ

 聡太くんがカリカリを残すので、毎日運動させねばならなくなっている。聡太くんは放っておくとひたすら寝るので、眠いところ申し訳ございませんとボールを寝ているところに落としてやる。「なんだ?」と起きてきたらボール遊びをする。運動すればカリカリも食べてくれる。
 しかし聡太くんはただ単に食べるのが面倒なだけなのかもしれない。カリカリを残したので食器を座っている聡太くんの前にもっていったらちりぽりちりぽり食べていた。どういうことなのだろうか。

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