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ヘドロの創作 2025/3/2

 【猫の喫茶店(承前)】

 マスターこと灰猫のヨシムネは人間の家でぐうたらして、すっかり風邪がよくなった。
 シロップを飲まされたりキャットフードに薬をかけられたりしたものの、まあそれで治るならいいか……と思っていたし、人間の家はあったかいし、何一つ不満はなかった。猫は人間が思うよりずっと賢いのである。
 こたつに入ってぬくぬく過ごすのは快適だった。猫世界はまだ寒い。体調を万全にしてから帰ろう。そう思ったがそれはこたつでぬくぬくするための言い訳なのだった。
 人間の家は楽しい。窓から庭を見れば小鳥がよく飛んでくるし、猫用かつおぶしなるおいしいものもある。人間はちょっと小うるさいけれど、こんなに幸せなのか、人間世界というものは。
 働かなくていいって最高だなあ。マスターはそう思ってこたつのなかにごろりんと寝転がる。赤い光が降り注いでじわじわと暖かい。最高そのものだった。

 ただ一つ、コーヒーが飲めないことだけが、マスターにとって残念なことだった。
 人間世界のコーヒーはマスターの知っている猫世界のコーヒーとは別物だと感じられた。たぶん猫が飲んだら具合を悪くするのではあるまいか。匂いもマスターの知っているそれとはぜんぜん違う。
 ああ、おいしいコーヒーが飲みたい。
 コーヒー豆を焙煎するところから想像する。焙煎したコーヒー豆をコーヒーミルでガリガリひいて、ネルドリップして、猫世界でいちばんおいしいコーヒーと自負する喫茶「灰猫」のコーヒーができあがるのだ。

 こたつのなかにずっといたらゆだってしまった。こたつを出て人間の飲んでいるインスタントコーヒーの瓶をこたつの天板から蹴落とし、こらこらと叱られる。いそいでこたつに逃げ込めば、またホカホカと赤い光が満ちている。

 テレビから、「世界ネコ歩き」の音楽が聞こえてきた。
 なんだなんだとこたつを這い出しテレビを見上げる。この番組に出てくる「イワゴー・ミツアキ」という人間は猫の味方だとマスターは思っている。きょうはインドのガンジス川のほとりにある街に棲んでいる猫が映っていた。

「ニャッ」

 これは「あっ」と言った感じである。
 タージ・ミャハルの大将だ。お金持ちの家で大事に大事に飼われている。そりゃそうだヘアレスキャットの野良猫がいてたまるか。
 タージ・ミャハルの大将は「いい子だね」と声をかけられてイワゴー・ミツアキにスリスリしている。なんだかうらやましくて悔しいのでコタツに戻る。そのままウトウトと寝てしまい、はっと起きると人間が夕飯を食べていた。
 焼き魚を少しだけ分けてもらってモグモグとし、食後の人間の膝にのっかる。人間はスマホでインスタを見ている。
 人間が見ているインスタには、エノコロ小路の名画座「トンビリ館」のもぎりの三毛猫が映っていた。どうやら人間世界でも映画館で暮らしているらしい。映画館の名物猫としてインスタの人気者をしているようだ。

 ……そろそろ猫世界に帰りたい。
 でもこたつが最高で、こたつから出たら寒いんだよなあ。でも鼻風邪は治ったからここにいる理由はないんだよなあ……。
 マスターはでっかいあくびをして、かわいいかわいいと顔を撫でてくる人間の手を1発パンチしてから、こたつにもぞもぞと戻った。(つづく)

「よくわかんないけどなんかわかった」


 ◇◇◇◇
  おまけ

 きのう、聡太くんが物置に行ってなにやら「ガタタッ」と怪しげな音がしたので、なんだなんだと見にいくと、聡太くんは大変不安定なところに乗っかってドヤ顔をしていた。
 ビックリして「あぶないよ!!」と聡太くんをその高くて不安定な場所から降ろそうとして、うっかり聡太くんを抱えたまま尻もちをついた。いったいどのタイミングで逃げて行ったのかはわからないが、気がつけば聡太くんは茶の間でしっぽをタヌキにしていたのだった。
 大変申し訳ないことをしたなあと思う。でもなぜあんな変なところに登っていたのだろう。解せぬ。

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