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ヘドロの創作 2025/2/2
【猫の喫茶店】
マタタビ市も節分である。エノコロ小路商店街では豆まきが行われていた。
毎年恒例のこの豆まきは猫世界の伝統に則って行われ、福は猫本人たちが招くので「鬼は外」しか言わないことが知られている。
豆まきに使うのは大豆で、猫世界のスーパーに節分の時期にいくと10粒程度を一つのパックに入れたものをいくつか包装したタイプの、片付けが簡単な豆が売られている。
マスターたちは近くに住んでいる子猫たちと一緒に、「鬼は外!」と豆を撒いていた。猫世界の節分では鬼の着ぐるみの人はいない。怖いからである。
「わー。これがクール・ニャパンかー」
タージ・ミャハルの大将がしみじみとそう言う。ちょっと驚いているようでもあった。
「大将も豆まきします?」
「おもしろそうだねー」
大将も豆を撒いてみる。
「おにはーそとー」
みんなで豆まきをする。
「鬼は外ー」
「鬼は外ー」
エノコロ小路商店街の猫たちは楽しく豆まきをする。
タージ・ミャハルの大将が「これはいいねー。ニャンジスがわにつかるよりエイセイテキだねー」としみじみ言う。
いや豆まきをニャンジス川と同列に並べるのはどうなのか。そう思ったらいまニャンジス川では世界最大の宗教行事とも言われる「クンブミャーラ」が行われているらしい。そしてニャンジス川につかるともれなくみんなお腹を壊すのだそうだ。
ニャンジス川恐るべし。おぞぞが走りつつ用意した豆が尽きるまでみんなで豆を撒いた。
なんというか豆まきというのは「童心に帰る」行事だなあ、とマスターは思っていた。
マスターが子猫のころから、そしてそれよりもっと昔から、節分の豆まきは存在しており、マタタビ市内ならどこの猫でもやったことがあるはずだ。
思えばいったいいつから猫世界では豆まきなる人間の行事を取り入れたのだろう。
不思議な気持ちになりながら豆まきをした。名画座のもぎりのお姉さん猫も惣菜やさんの猫も、みんな楽しく豆まきをした。
ひととおり豆まきが終わり、みんなで豆の包装を拾い集める。人間は歳の数だけ豆を食べるそうだが、猫世界では満腹するまで豆を食べていいことになっている。
そのまま食べようとしたところで、タージ・ミャハルの大将が「これ、カレーにしよーか?」と提案してきた。
「豆のカレーですか」
「ミュ印良品にもあるでしょー、豆のカレー」
なるほどそれはその通りだ。タージ・ミャハルの大将はスパイスを調合するところから、あっという間に豆のカレーを作ってみせた。
みんなで豆のカレーをハフハフ食べる。おいしい。恵方巻きでお魚を食べるのもいいが豆のカレーも悪くない。本当にインドではカレーは味噌汁感覚なのだなあ、と豆のカレーのさらっとしたテクスチャを味わう。
商店街の猫全員が、豆のカレーをうまうま……と食べた。
この年からエノコロ小路の豆まきは、まき終わった豆をカレーにするのが恒例となったのであった。こういう節分もアリだなあ、とマスターは思っていた。猫世界の春はもうそう遠くない。
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◇◇◇◇
オマケ
聡太くんが最近ずっとテーブルの上、ファンヒーターの温風直撃地点で寝ている。もちろん自分の布団や人間の上でも寝るのだが、人間の食事が終盤になるとどっこいしょとテーブルに登ってきて、人間をすみに追い詰めていく。
邪魔なのだがかわいいのでムゲに扱えない。これがネコハラというやつか。それも相当なレベルのネコハラではないか。
聡太くんはそういうところが堂々としていてとてもいいと思う。コソコソしていないというか、自分が家のなかでいちばんえらいことを知っているというか。
聡太くんは賢い人の名前をつけたもののそんなに賢いとは思わないのだが、賢くなくても自己肯定感に優れているなあと思う。猫はそういうものだが。