人生を変える書店

衰退する書店が多い中で、なぜ”天狼院書店”は右肩上がりの成⻑ができるのか? ~vol.1 「本」の再定義をした書店とは

 失われた20年と呼ばれた日本経済の停滞期。その間、そして今でも「斜陽産業」「衰退産業」と言われ続けている業界があります。
それが、出版業界――。なかでも、川下にある書店数の減少は著しく、大型、中・小の規模を問わず、全国津々浦々の書店が「閉店する」というニュースを見かけることも少なくありません
 しかし、そんな中、2013年に池袋の片隅に開業した天狼院書店は、6年で7拠点、さらに来年も複数の出店を計画していると言います。
 なぜ、そのようなことが可能なのでしょうか。
 衰退する業界の中で成長してきたその秘訣を、天狼院書店を運営する東京プライズエージェンシーの代表取締役・三浦崇典氏にお話を伺いました。
今回は、「書店」のイメージを超えた幅広い活動の根底にある「『本』の再定義」について、リスクを抱えて出店を続ける理由についてご紹介します。

プロフィール

三浦崇典(みうら たかのり)

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1977年宮城県生まれ。株式会社東京プライズエージェンシー代表取締役。天狼院書店店主。小説家・ライター・編集者。雑誌「READING LIFE」編集長。劇団天狼院主宰。2016年4月より大正大学表現学部非常勤講師。2017年11月『殺し屋のマーケティング』(ポプラ社)を出版。ソニー・イメージング・プロサポート会員。プロカメラマン。秘めフォト専任フォトグラファー。
NHK「おはよう日本」「あさイチ」、日本テレビ「モーニングバード」、BS11「ウィークリーニュースONZE」、ラジオ文化放送「くにまるジャパン」、テレビ東京「モヤモヤさまぁ〜ず2」、フジテレビ「有吉くんの正直さんぽ」、J-WAVE、NHKラジオ、日経新聞、日経MJ、朝日新聞、読売新聞、東京新聞、雑誌『BRUTUS』、雑誌『週刊文春』、雑誌『AERA』、雑誌『日経デザイン』、雑誌『致知』、日経雑誌『商業界』、雑誌『THE21』、雑誌『散歩の達人』など掲載多数。2016年6月には雑誌『AERA』の「現代の肖像」に登場。雑誌『週刊ダイヤモンド』『日経ビジネス』にて書評コーナーを連載。

思いや願望を叶える入口に「書店」がある

――まずお聞きしたいのは、天狼院書店はゼミや部活など幅広い活動を展開されていますが、「書店」という認識で間違いないのでしょうか……。

三浦:はい、天狼院書店は自他ともに「次世代型書店」と呼んだりしていますが、間違いなく「書店」です。いままで6,500人近くの方が受講されたライティング・ゼミ、フォト部、旅部など、天狼院のゼミ・イベントはすべて「本のその先の体験までを提供する」というコンセプトに則って運営されています。
 つまり、天狼院のコンテンツの中心には、いつも「本」があるということです。
 たとえば、文章を書く練習をしたい、写真の勉強をしたいという方がいたとしましょう。いまではインターネットで調べることも多いと思いますが、「まずは書店に行ってみよう」と考える方もまだまだいらっしゃるのではないでしょうか。書店の本棚を眺めて、ぱらぱらページを捲ってみて、そのうちの1冊あるいは複数冊をレジに持っていく。それから電車や自宅でしっかり読み込み、実践するというサイクルを回す。その結果、文章や写真の技術を身に着けていく。

 実は私自身も、ある時プロカメラマンになろうと思い立ち、さまざまな書籍を購入し、熟読しました。そして、プロになるためのもっと実践的な学びをしたいと思い、天狼院書店でゼミや講座を企画しました。
 写真家の青山裕企さんには、写真を仕事にするためのゼミを担当していただき一期生として受講。撮影技術については、榊智朗さんを筆頭に全国のプロカメラマンの方にポートレート講座をしていただき、練習を重ねていきました。その結果、私自身いまでは「秘めフォト」専属のプロカメラマンとして毎週のように活動しています。

 まずは書籍で基礎知識を学習し、プロから実践的な技術や方法論を学ぶ。
 「本」と「その先の体験」があったからこそ、私の「プロカメラマンになりたい」という思い・願望は実現することができたのです

本が売れない時代に求められる「本」とは

――つまり、「本」をコンテンツと考えるなら、イベントやゼミもまた紙に印刷されていない「本」と捉えていらっしゃるということでしょうか?

三浦:おっしゃるとおりです。
 お客様のご要望、目的が「写真がうまくなりたい」であったとしましょう。まずはテキストで読みたいということであれば、紙の書籍をおすすめしますし、座学が必要なら「ゼミ」を提供する。また、実践を求められるなら、お客様と景色を撮りながら学べる「旅」を提供するといった具合です。
 
 よく私達の考える「本」を紹介する時の例として挙げるものに『論語』があります。いまでは、孔子の弟子たちがまとめた「書籍」として日本でも流通している、あの『論語』です。『論語』はもともと「書籍」という形でまとめられたものではありませんでした。当初、孔子から直接弟子に伝えられた「講義」のようなものだったはずです。もし、孔子の生まれた紀元前に、映像やインターネットの技術があったなら、孔子の講義は世界一のユーチューバーを凌ぐ再生回数を記録していたかもしれません。当時、スマートフォンもデジタルカメラもなかったため、そうはならず、結果として紙の書籍にまとめられて残されたのです。
 
 つまり、孔子の時代とは違い、「紙の書籍」「電子書籍」「映像」「講義」「音声教材」など、複数の媒体が存在している今。コンテンツを享受する媒体は、書店が「紙」や「電子」と指定するのではなく、お客様ご自身にとって便利なものを選択していただくべきなのです。
そして、天狼院はそのすべてを「本」と捉えて、お客様に提供する。
 すなわち「『本』の再定義」をしている書店といえるかもしれません。

店内写真(エソラ)

書店が減少する中、それでも出店を続ける理由

――『本』を再定義することで、紙にこだわらず、お客様が選択できる可能性を広げていらっしゃるんですね。とはいえ、アマゾンの隆盛、電子書籍のシェア率の増加により、いわゆる町の本屋さんは苦境に立たされています。現在、池袋に留まらず、京都、福岡、土浦に出店されていますが、実店舗を持つことはリスクではないのでしょうか?

三浦:たしかに、私たち書店員は数十年にわたって苦しんできました。ご存じのように、書籍の粗利は低く、1冊万引きされただけで、数冊分の利益が吹っ飛ぶような業界です。そして、「書店」と聞けば、衰退産業だと言われることに対して、私だけでなく全国の書店員の方も「悔しい」「なんとかしたい」と日々悪戦苦闘しています。
 しかし、それでも私は書籍の力、本屋という空間に無限の可能性があると信じています
 アマゾンがリアルの世界に進出したり、ネットで完結していたはずの会員制コミュニティがリアルなオフ会、集まりを求めていることから考えても、現実の場には、ネットの便利さにも優る「磁力」のような何かがあるということではないでしょうか。
 ですから、私はリアルの場というリスクをあえて抱え込み、全国のお客様にリアルの場でしか感じられない体験を提供したいと思っています。
 実際、今年5月に土浦駅直結のプレイアトレさんに出店させていただいてから、「近くに書店がなくて困っていた」「パズルの本を置いてほしい」とおっしゃるご高齢の方、「○○という漫画を置いてほしい」という高校生からのリクエスト、「絵本コーナーがあってうれしい」といった子育て世代のお客様の声などが多数、店頭のスタッフに寄せられています。
 そして、現在土浦では、図書館をはじめとする行政の方、古本屋の経営者の方、我々と同じテナントの方々などと連携しながら、その「場」をいかに魅力的にするか、さまざま挑戦を始めているところです。

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 時代や技術が変化する中、従来の成功法が通じなくなってしまった業界はたくさんあります。書店もそのひとつですが、天狼院書店では、業態転換や新規事業の創出に注力するのではなく、改めて、自分たちが扱っている「本」とは、お客様にとってどんなものなのかという本質について見極め直し、「再定義」を行っています。
 「○○が売れない時代」「若者の○○離れ」など日常的に耳にすることが多いですが、もしかすると、すべてを刷新する必要はないのかもしれません。長年お客様に愛されてきた商品、お客様に喜んでいただいたサービス。そこに、これからのヒントが隠されている可能性があります。
 次回は、天狼院書店の成長戦略やマーケティングについてお伺いします!





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