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【解説】当選する意思がなくても、立候補すること自体は合法か?
結論から言うと、「当選する意思がなくても、立候補すること自体は合法」 です。
日本の法律では、立候補者の意図(本気で当選を目指すかどうか)を問う規定はなく、一定の要件を満たせば立候補が可能です。以下、日本の現行法制度と判例を踏まえて詳しく説明します。
1. 日本国憲法における立候補の自由
日本国憲法は、公職に立候補する権利や政治的表現の自由を保障しています。
• 憲法第15条:「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」
• 憲法第44条:「公務員の選挙については、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入により差別してはならない」
• 憲法第21条:「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」
これらの条文から、立候補すること自体は国民の権利であり、当選する意思の有無を問わず、選挙に立候補することは憲法上の権利として保障されると解釈されます。
2. 公職選挙法における制約
(1) 立候補の資格要件
公職選挙法(昭和25年法律第100号)は、立候補の資格要件を以下のように定めています。
都道府県知事選(例:東京都知事選)の場合
• 年齢要件:満30歳以上であること(公職選挙法第14条)
• 国籍要件:日本国籍を有すること(同条)
• 供託金の納付:300万円(公職選挙法第92条)
• 被選挙権の制限(禁錮以上の刑を受けると被選挙権を失う)
つまり、これらの要件を満たせば、当選の意図があるかどうかに関係なく立候補できます。
(2) 「当選する意思」の有無に関する法律上の規定
公職選挙法では、立候補者に対して「当選する意思があるかどうか」を問う規定は存在しません。
したがって、「政治的発言をするために立候補するが、当選するつもりはない」という立候補の動機は、法律上問題とされません。
3. 過去の判例における考え方
立候補の自由に関連する判例では、「選挙は民主主義の基盤であり、立候補者の意図に関わらず、表現の自由や政治活動の一環として保障される」 という考えが示されています。
(1) 立候補の自由と政治的表現の自由
最大判昭和45年4月22日(戸別訪問禁止事件)
• 「選挙における政治的表現の自由は、民主主義社会において極めて重要なものである」と判示。
• これは、選挙を通じた政治的発言が広く保護されるべきであることを示しており、「政治的発言のために立候補する」ことの正当性を裏付ける判断といえる。
東京地裁判決平成23年6月30日(選挙ポスター規制事件)
• 立候補者の表現の自由は保障されるが、公職選挙法による一定の制限も必要であると判断。
• これは、政治的発言のために立候補すること自体は認められるが、選挙運動において公職選挙法のルールを守る必要があるという意味である。
(2) 虚偽立候補に関する判例はなし
現在のところ、「当選するつもりがない立候補」が違法とされた判例は存在しません。
4. 注意点(違法となる可能性があるケース)
(1) 供託金没収のリスク
公職選挙法第92条により、一定の得票率(東京都知事選では10%)に満たない場合、供託金(300万円)は没収されます。
したがって、当選を目指さない立候補は、供託金没収のリスクを伴います。
(2) 選挙運動の制約
公職選挙法では、選挙期間中の選挙運動について細かい規制があります。
• 街頭演説の規制(公選法第142条)
• ビラ・ポスターの規制(同法第143条)
• 選挙カーや放送の利用(同法第201条)
「政治的発言をするために立候補する」という目的であっても、公職選挙法の選挙運動のルールを破ると、違法となる可能性があります。
(3) 選挙の公正性を損なう行為
• 「泡沫候補として話題を作るためだけに立候補し、選挙を妨害する目的」がある場合
• 例えば、立候補を利用して公選法違反の宣伝行為を行ったり、意図的に選挙管理委員会の業務を妨害したりする場合、偽計業務妨害罪(刑法第233条)に問われる可能性がある。
• 「供託金返還目的の虚偽立候補」
• 供託金の返還要件(得票率10%以上)を満たすために、何らかの不正を行う場合、詐欺罪(刑法第246条)に該当する可能性がある。
5. 海外との比較
日本と同様に、海外でも「当選を目的としない立候補」は合法とされている。
• アメリカ
• 大統領選挙では、「プロテスト・キャンディデート(抗議的立候補者)」が政策提言のために立候補することがよくある。
• 例: グリーン党やリバタリアン党の候補は、勝利を目指すよりも政策を議論の俎上に載せることを目的としている。
• イギリス
• コメディアンや活動家が立候補するケースが多く、制度上も問題とされない。
• 例: 「Official Monster Raving Loony Party」 というジョーク政党が存在し、当選する気はなくとも政策提言を行う。
このように、日本と同様、「政治的発言のための立候補」は認められている。
6. 結論
以上をまとめると、
1. 日本国憲法は立候補の自由を保障しており、当選する意思の有無に関係なく立候補は可能である。
2. 公職選挙法には「当選の意思が必要」とする規定はなく、供託金を納めて要件を満たせば立候補できる。
3. 過去の判例でも、立候補の自由や政治的表現の自由が重視されているため、政治的発言目的での立候補は合法である。
4. ただし、供託金の没収や、公選法違反のリスクには注意する必要がある。
5. 海外でも、当選を目的としない立候補は一般的に認められている。
したがって、「当選する意思がなくても、政治的発言を目的に立候補することは、法律上合法」 である。