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つながりと、豊かさと。『ごはんが楽しみ』『家が好きな人』

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労働者のみんな~~!今日も勤労してる~~~!?
2階席~~~!倒れてない~~~~!?
私はもう2週間も声が出ないのに、今日も出勤だよ~~!!

戯言はおいといて、出勤もやだけど帰るのもイヤじゃないですか……?
疲れてるのに食器はシンクに堆積し、今日こそ洗濯しないと明日のパンツがないとか……
あと、ごはん!食べるのは好きなのに、何を食べるか考えて、買い物して作るのはなんでこんなに面倒なんだろう……

本当は、お気に入りの食器でおいしいものを食べたい。
自分好みにしつらえた居心地のいい部屋でのんびりしたい。
贅沢なものでなくていいから、たまには外食して、プロのつくる食事にときめきたい。
こうした欲望はみんなの暮らしの真ん中にあって然るべきものなのに、どうしていちばん後回しになってしまうのか。

XやInstagramには丁寧に食事を作ったり、美しい部屋に住んでいる人がいっぱいいて、私なんてついつい張り付いてしまうのですが、井田千秋さんの作品はインフルエンサーとしての彼女の生活に憧れさせる、というのとはちょっと違います。
絵が可愛いとか、情報量が多いとか、ぱっと見てわかる魅力はもちろんなんですが、『家が好きな人』を一年間読み倒したオタクの私に言わせれば、井田作品の魅力は「豊かさ」にある。
その豊かさをもたらすのは、本の中にある「つながり」だと思うんです。

新刊『ごはんが楽しみ』はコミックエッセイですが、ネット上でちょこっとつまみ食いするだけではもったいないと思える「読みごたえ」があります。一冊の中に、井田さんの「現在、過去、未来」という縦のつながりが収まっているからです。
朝のパンにこだわったり、仲間とお皿の絵付け体験に行ったり、充実のお菓子缶を作ったりする「現在」。これだけでも十分楽しいのですが、祖父母や両親の食器をもらい受けることで家族の歴史に思いを馳せる「過去編」、引っ越し先のためにテーブルを買ったりする「未来編」があります(こんな『火の鳥』みたいな書き方は井田さんはされていませんが……)。
巧みな構成が井田千秋さんという人を立体的に感じさせ、とても豊かな印象を受けます。

そういった豊かさは、『家が好きな人』では登場人物同士の「横のつながり」として表れます。
この作品では5人の一人暮らし女性の部屋がオムニバス形式で紹介されるのですが、たとえばAさんとCさんは姉妹。BさんとCさんは「おとなりさん」(この二人の部屋が、間取りは一緒なのに使い方が全然違って面白い)。
作家のDさんと一人暮らしを始めたばかりのEさんは、同じ深夜ラジオを聞いていて、Aさん、Dさん、Eさんは互いに面識はないものの同じ蚤の市(たぶん、立川の『東京蚤の市』)で買い物をしている。
小さなつながりがお話の端々でさりげなく提示され、ついつい何度もページを繰ってしまいます。

もうひとつ、私がこの本で好きなのは、生活のキラキラした面ばかりを切り取ってはいないところ。お風呂が面倒な姿も、(おそらく仕事で疲れていて)休みの日を寝て過ごしたりする姿も、そこにはちゃんとある。(具体的に言うと休日の寝落ちは5人中3人がしているんですが、体感的にリアルな数字という気がする……)
私も一人暮らしで「家が好きな人」ですが、暮らしの愉しみって、必ずしも人に自慢したいようなことばかりではない。
誰の目も憚ることなく好きなだけダラダラしたり、糖質が多すぎだろうが好きなものを食べて、一番ラクな髪型で過ごせる。それも自宅の魅力ですよね。

時間や人という縦のつながり、横のつながりを内包し、憧れも、ちょっと残念なところも等しく並べてくれる井田千秋さんの「豊かさ」が、本を閉じた後もいつも私のそばにいてくれる。
ひとりコンビニでごはんを済ませる夜は、おうち中華パーティーに。
入居前の自宅で待機しなければならない時間は空のデイキャンプに。
あれを買いなさい、あそこに行きなさいと駆り立てるのではなく、にこにこと生活を見つめる井田さんの「目」をお借りすることで、仕方なく選択していたことがときめく選択になっていく。

朝起きるのは、朝ごはんが楽しみだから。
お皿を洗うのは、お気に入りの食器が愛おしいから。
そんな心持ちで生きていけたら、どんなにいいでしょう。
過去も未来も知っている人も知らない人も、がんばりもぐうたらも、ぜんぶ連れて行く。
そういう豊かな物語を、私も紡いでいけるような気がしてくるのです。



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