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第207話:セーターの破れが紡ぐ恋

僕は男三人兄弟の中に育ち、高校もほとんど男子高のようなところに通ったので、女性とは無縁に育って来てしまった。

子供の頃、淡い異性への憧れがなかったとは言えないが、いわゆる「恋」とかいうものとは無縁で、交際とかデートとかとも縁がなかった。苦手だったとも言えるし、臆病だったとも言える。

大学は国文科だったので100人の中に80人の女子がいて、そういう僕には一種のカルチャーショックだったのだが、女性とどう話せばいいのかよくわからなかった僕は学科の女子と話をすることはほとんどなく、例えば、大学へ向かう道で、前に学科の女子がいると別の道を遠回りした。
そんな具合だったから、ロマンスなど生まれようがなかった。


大学2年のころだったと思う、こんなことがあった。

ある日講義が終わって図書館の前を歩いていると、同じ講義を取っていた女子に呼びとめられた。
その女の子はゆっくりと僕のほうへ歩いて来たのであって、僕は何が起こるのだろうと正直ちょっとドキドキしたりしたのだが、相手の女の子の方も「あのー」と何か言いにくそうにしている。

そういう時には思わず目が合ったりなんかしてしまい、これは困るわけである。
そこで平静を装って「何か?」と聞くと、
「あのー、セーターの肩のところが大分破れていますよ」と言う。

虚を突かれて一瞬唖然としたのだが、よく考えれば自分の灰色のセーターのことを言われているわけで、彼女は講義の最中、僕の肩を(いや、セーターの破れ目を)じっと見詰めていたらしい。

僕は僕で一枚しかないセーターのことであり、寒さをしのぐために破れているなんぞは百も承知で毎日着ているわけである。どうせデパートの500円均一などと書かれている箱の中を引っ掻き回して掘り出した代物、そんなに丈夫なはずはない。

そこで僕は素直に「あ、これですか。知っています」と返事をすると、
今度は彼女の方がキョトンとして「あ、そうですか。すみません」と申し訳なさそうに言って去って行ってしまった。

少々の惨めさも感じたが、何かひとつロマンスを逃したような惜しい気持ちもした。大体がこんな調子であり、実を結びそうな恋などありようもなかったのである。

ただ、このセーターには後日談がある。

このセーターは大学一年の冬に買い、教員3年目にとうとう断念するまでの6年間、シーズンにはほとんど一日も欠かさず着ていたことになる。

当然ガタが来るわけで一生懸命あちこち縫い合わせながら着ていたのだが、同僚には「あんたそれは着ていればセーターには見えるが、脱いで置いてあれば単なるボロだよ」などとバカにされたものだった。

ところが7年目にして僕が新しいセーターを買って来ると(その日は教室で拍手やら歓声やらが湧き起こったのだが)、そのボロボロのセーターを欲しいという人が現れた。
何とも珍しい妙な人がいるものだと思ったが、人からものを貰うことが多かった僕は、多少得意になってそれをくれてやったのである。

その後、そのセーターがどうなったのか僕は知らないが、ただその妙な人こそ、その後、僕のカミさんになった人なのであった。

ロマンスを今度はものにしたことになるのだが、落ち着いてよく考えてみると僕は甚だ妙な人を貰ってしまったことになるのかもしれない、と今さらながらに思ってみたりする。

セーターの破れが紡ぐ恋の糸

である。
中島みゆきの「糸」みたい?


■土竜のひとりごと:第207話(別話にも掲載あり)

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